第一試合の熱気が冷めやまぬ間に、次の試合の組み合わせがアリーナに表示され、真耶がコールをした。
『第二試合は、更識一夏君、アメリア・カルラさんペアVS鷹月静寐さん、シャルロット・デュノアさんペアの対決です』
新旧フランス代表候補生の対決と言う事もあり、場内は異様な盛り上がりを見せている。
「あわわ……なんだか物凄い盛り上がり方をしてるんですけど」
「まぁ、候補生同士だしな。盛り上がるだろうとは思ってたけど、まさかここまでとはな」
「何か冷静っ!? 一夏君って緊張とかしないの?」
「これくらいなら大丈夫だ。更識の仕事でもっと大勢の前でプレゼンをしたことがあるからな」
大企業の跡取りと言うことになっているので、エイミィは一夏の説明をあっさりと信じた。もちろん、一夏も嘘は吐いていない。嘘があるとすれば、役職だけだろう。
「一夏さん、先ほどの気配を感じ取ったら、すぐに私が気配を遮断いたしますので、存分に戦ってください」
「分かった……だからいきなり人の姿になるのは止めろと言っているだろ」
「別にいいじゃないですか、一夏様。たまに人の姿で喋りたくなるんですから」
「スサノオも人の姿になってるし……」
闇鴉とスサノオが人の姿になり、一夏の事を心配しているのを見て、エイミィは何か事情があるんだろうなと言う事は感じ取っていたが、具体的な事は何も聞かされていなかった。
「ところで一夏君、静寐の専用機って、確か遠近両方いけるんだよね?」
「スサノオだって両方いけるだろ。エイミィが苦手なだけで」
「はい、精進いたします……」
一夏にやんわりと指摘されて、エイミィはしょんぼりとして、自身の未熟さを改めて見詰め直したのだった。
一夏とエイミィがピットで会話をしているのと同じく、向かい側のピットでは静寐とシャルが会話をしていた。
「一夏君相手っていうのが大変そうよね」
「でも、一夏は基本的には平和主義者だから、戦闘はあまり得意じゃないって聞いてるよ」
「得意じゃなくても、強いのよね……あれで更識家内最弱だって言うんだから、化け物の集団って噂されるのも無理ないわよ」
「あの本音ですら、一夏よりも強いんだもんね……ちょっと信じられないよ」
一夏より強いから護衛を務めているのだと、シャルもしっかり理解している。理解はしているが、その事実を受け入れるのにはちょっと普段のイメージが邪魔しているのだ。
「あののほほんとした空気を纏ってる本音が、本当に一夏より強いのか気になるよね」
「VTSを使った訓練でも、一夏君は勝ったことが無いって言ってたわよ」
「あの本音がねぇ……お姉さんなら分かるんだけど、本音が一夏より強いっていうのはちょっと信じられないよ」
「簪や美紀と肩を並べるくらいには強いって本人が言ってたけど、そこまでとは私も思えなかったわね」
実際にハンディを付けると、本音は簪や美紀と同じハンディになるのだが、その事を知らない静寐とシャルは、しきりに本音の実力で頭を悩ませていた。
「マドカも強いって噂だけど、本人は否定してるんだよね」
「姉さまの強さや兄さまの頭脳と比べたら私なんて……ってずっと言ってるもんね」
比べるところがおかしいのであって、マドカも同年代からすれば十分な強さを持っている。更識内でも十分通用するレベルなのだが、いかんせん姉があの織斑姉妹で、兄が更識一夏なのだ。卑下してしまうのも仕方ないのかもしれない。
「そう言えば、静寐が前衛でいいんだよね? 僕は基本的射撃で援護する事しか出来ないけど」
「それで構わないわ。多分エイミィが前衛で、一夏君が後衛でしょうからね。私は一夏君の相手が出来るほどの射撃の実力はないもの」
「……やっぱり、僕が前衛でも良いかな?」
一夏が相手だと言う事を想いだしたシャルが、弱気な発言をしたのを受けて、静寐は苦笑い気味に笑って首を横に振った。
「頑張ってね、元代表候補生さん」
「うぅ……一夏相手に勝てる未来が見えないよ……」
未来予知の能力は久延毘古のもので、シャルにその能力は無い。静寐はそんなことを思いながら、開始の合図まで集中力を高めることにしたのだった。
客席で一夏を攫う隙を探っているオータムは、自分を見張る視線に気づいてさりげなく辺りを見回した。だが何処にも碧の姿は見えなかった。
「(あの小鳥遊とかいうヤツじゃねぇのか? だとしたら更識にはどれだけ人間がいるんだよ)」
まさかあの織斑姉妹に監視されているとは夢にも思っていないオータムは、視線の方向だけでも掴めないかとさりげなく辺りを探るのを続ける。だが、よほど監視に慣れているのか、相手は居場所どころか方向すら掴ませないのだった。
「(この視線、明らかにオレを疑っているものだ。だけど、更識以外にオレを疑うヤツはいねぇし、あの小鳥遊以上の監視がいるとも思えねぇ……そうなると、別口か? だが、そんなに怪しまれる行動は取ってねぇはずなんだが……くそ、気持ちわりぃ)」
纏わりつくような視線に、オータムは不自然にならない程度に身体をゆすった。そんなことしてもこの纏わりつく感じが無くなるはずがないと理解しているのだが、それでもゆすらずにはいられなかった。
「(とりあえず今は、あの餓鬼の試合を見て、試合終了後に近づく方法を考えることにするか……視線は、一旦気にしない事にする)」
自分に言い聞かせながら、オータムは一夏が出てくるピットに視線を固定し、表情に出ない程度に思考を巡らせたのだった。そのすぐ側で、織斑姉妹が自分を見ているなどと、夢にも思わずに。
意外とみんな実力者だった……