暗部の一夏君   作:猫林13世

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あっという間にモンド・グロッソが終わってしまった……


大会終了

 予選を無傷――ノーダメ―ジで突破した日本勢は、各国から称賛と嫉妬の視線を浴びせられていたのだが、碧以外の代表、千冬と千夏姉妹は他国の視線など気にする様子もなく調整を続けていた。

 

「とっとと終わらせてノンビリしたいものだ。もちろん一夏と」

 

「そうだな。一夏がいれば、わたしは後なにも必要ない」

 

「残念だけど、その願いは叶わないわよ。一夏さんは貴女たちの側にいる事が出来ないんだから」

 

 

 記憶を失い三年の月日が流れたが、一夏は記憶を取り戻す事無く更識家で生活し続けている。そして、更識家との約束――否、更識楯無との約束で、織斑姉妹はなるべく一夏に近づく事無く過ごしてきた。出来ない家事も、それなりに頑張ったのだが、結局は諦めて今は清掃業者や宅配サービスに頼る日々を過ごしていた。

 

「久しぶりに一夏の手料理が食べたいぞ……」

 

「わたしも……こうなったら更識家に襲撃して一夏を……」

 

「そんな事をしようものなら、更識の全勢力を以って貴女たちを止めます」

 

 

 千冬と千夏がISを使って攻め入ってきたのなら、いくら暗部組織である更識でも一日は持たないだろう。それでもなお、碧は一夏の今の生活を護ろうとしているのだ。

 

「分かっている。私たちだって一夏が嫌がるのなら無理に連れ帰りはしない」

 

「だが、一夏はお姉ちゃんたちが大好きだったはずなのに……何故思い出してくれないのだ」

 

「(それは多分、貴女たちの愛が一方通行だったからだと思うわよ)」

 

 

 口には出さず、心の中で呟いた本心に反応した相手がいた。

 

『碧も私に負けず劣らずの毒舌じゃないですか。ですが、目は口ほどに物を言う、気をつけた方が良いですよ。ましてや相手はあの織斑姉妹なんですから』

 

「(分かってるわよ。だいたい今はあの二人の目に私は映って無いわよ。自分たちの中にいる一夏君の事で頭がいっぱいのようだし)」

 

 

 虚空を見上げながら最愛の弟の名前を呼び続ける織斑姉妹。事情を知らない他国の人間から見たら恐怖のほかないだろう。

 

『一夏さんは更識で生活するのが良いと、ISの私でも分かりますよ。それなのになぜ、この二人は一夏さんを取り戻そうと考えているのでしょう?』

 

「(それだけ溺愛していたのよ。周りが引くくらいに)」

 

『それは……碧が一夏さんを意地でも更識から返さないという決意の理由が分かりましたよ……』

 

 

 ISである木霊ですら、一夏は更識家で生活した方が良いと分かっているのに、血縁関係であるこの二人には、それが理解出来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝リーグも、危なげなく勝ち進み、最終的にダメージを負う事無く日本勢はモンド・グロッソを制覇した。まだ代表である三人が若いという事もあり、終わったばかりなのに連覇を夢見る政府の人間たちは多くいた。

 だが開発者である篠ノ之束と、織斑一夏はそのような楽観視はしていなかった。第二回モンド・グロッソは三年後という事で、各国とも開発技術も操縦技術もそれなりに進歩するだろうし、その三年間を無為に過ごせば今の三人が代表のままでも連覇はそう簡単ではないだろうと考えている。

 そう考えている二人の内、先に動いたのは篠ノ之束だ。467個目のコアを製造し終えたタイミングで姿をくらまし、各国の競争威力を高める――つもりではなく、これ以上コアが増えないという事実で各国が慌てふためく様子を何処かで楽しんでいるのだろうと織斑姉妹の発言で更識勢にもそのような考えが伝わってきた。

 その考えが伝わってきてすぐに、一夏も動いた。これ以上更識家外でコアは増えないと知らされたので、一夏も最低限のコアだけを造り、それを必要になるまで楯無に預けた。

 

「いいのか? 君が世間に出れば、間違い無く一人で生きていけるだけの利益は得られるんだぞ?」

 

「僕は一人では生きていけません。未だに大人相手に苦手意識があり、特に男性相手では更識の従者さんにもビクつくんです。こんな人間が一人で生きていけるわけありません。それに、更識家にはかなりの恩がありますので、その恩に報いるまではここで生活させてもらいたいです」

 

「そうか。ならこれは私が責任を持って預かる。あの子たちがISを欲した時、君が造ってあげなさい」

 

「もちろんそのつもりです」

 

「碧も木霊を手に入れてから、盛大に迷子になる事は無くなったからな」

 

「初めて行く場所では、やはり迷子になってるようですけどね」

 

 

 その原因は、さすがの木霊でも初めて行く場所のデータは持ち合わせていないからであり、二度目からは迷う事無く目的地に到着できるのだが、本来の碧の方向音痴の度合いが、木霊のスキルを持ってしてでも補えないのだ。

 

「虚や刀奈はそろそろISに興味を持ちだすかもしれないからな。来年虚は中学に上がるし、刀奈も六年生だからな」

 

「僕も、鬱陶しかった篠ノ之箒が転校してくれたおかげで、更識の方たちを徒に困らせる事が無くなって安心出来ましたからね。もし虚さんと刀奈さんがISを欲したら、全身全霊でIS製造に取り組めます」

 

「おや、この前までは『虚ちゃん』『刀奈ちゃん』と呼んでいたと思ったが、何か心境の変化でもあったのか?」

 

「何時までも子供口調ではいけないと思っただけです」

 

「それなら、そろそろ『僕』という一人称も変えたらどうだ?」

 

「そうですね……俺……いや、私でしょうか」

 

「それは自分でしっくりくるものを使えば良い。私は立場的にもこの一人称を使っているが、一夏君はそんな事気にする必要は無いからな」

 

 

 親子のような会話をしていた一夏と楯無だったが、結局結論は出ずに一夏は当主の部屋を辞して自室へと戻っていた。

 

「あの小さかった一夏も、立派に成長してるんだな……」

 

 

 誰もいなくなった当主の部屋で、楯無がしみじみと呟いた言葉は、誰の耳に届く事も無く部屋の空気に溶け込んで消え去ったのだった。




次回あのキャラが漸く登場します

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