一夏とナターシャがお茶会をしているところに、第三者が現れたが、一夏は全くその気配に対して警戒心を抱いていなかった。
「何か動きでもあったんですか?」
「そうじゃないわよ。ちょっとナターシャさんに用事があっただけ」
「私に? 一夏さんにではなく?」
自分の名前が呼ばれ、ナターシャは意外感を隠せなかった。授業の手伝いとして、碧の補佐を何度か務めたことはあるが、それほど会話をした記憶もない相手から、用事があると言われれば誰だって警戒するだろう。
「午後からの模擬戦なんだけど、真耶が私じゃなくって貴女に補佐を頼みたいって言ってるのよね」
「私に? ですが、小鳥遊さんは強すぎてバランスを崩すからって参加出来ないのでは?」
「そうなのよねぇ~……一夏さんがどうにかしてくれないかしらって期待してるんだけど」
「なら、碧さん対簪・美紀ペアで戦いますか? ペアの候補生である二人なら、ある程度マシな戦いを見せてくれると思いますよ」
本当は刀奈と虚をペアにして戦わせても面白いと思っていた一夏だったが、そうなると簪・美紀ペアに対抗出来る相手がいなくなってしまうのが問題だった。なら、刀奈対虚の試合を組み、自分、マドカ、本音、ラウラ、シャル、静寐、香澄、エイミィの残りでペアを組んで戦えばちょうどいいバランスになるはずだと考えたのだった。
「私は別に構わないけど、簪ちゃんたちがなんて言うかしらね」
「候補生から代表に昇格する為にも、碧さんとの模擬戦は有意義なはずですからね。文句は言わないでしょう」
「どうかしら? てか、とっくに引退した私と戦っても、大した経験値にはならないと思うんだけどな」
碧の言葉を、一夏は謙遜とは受け取らなかった。彼は、碧が本気でそう思っている事を知っているし、また木霊からもそのような意思が送られてきているのだ。
「碧さん本人がどう思おうが、貴女は未だに全てのIS乗り、及び未来のIS乗りの憧れですからね。織斑姉妹は、憧れるだけ無駄だと思わせるだけのバカげた動きですが、碧さんは基本に忠実で、努力すれば自分も、と思わせる感じがありますから」
「殆どはこの木霊のお陰だけどね」
またしても謙遜に聞こえるセリフに、ナターシャは碧の顔をまじまじと眺めてしまう。アメリカでも小鳥遊碧の名前は知れ渡っているし、むしろ知らないIS操縦者など存在しない程だ。その本人が、そこまで謙遜するほどのISの性能を、彼女は体験したいと思ったのだろう。
「そんなに見つめられると、さすがに恥ずかしいんですが」
「あ、すみません。ちょっと実力を測ろうと思ったのですが、私では正確に測れませんでした」
「実力を隠すのも、代表の時には必須でしたからね。癖で今でも隠しちゃうんですよ」
「そもそも、正確に実力を測れる人間なんて、そんな簡単にはいませんよ」
一夏の言葉に、ナターシャは同意の意味で笑みを浮かべたが、碧が浮かべた笑みには別の意味が含まれているように見えた。
「何か?」
「いえ、一夏さんがそれを言うんですか、と思いまして……貴方の知り合いにいるじゃないですか。しかも三人」
「あれらは人間ではなく人外ですから」
その言葉で、ナターシャもその三人が誰なのかを理解し、確かにあの三人ならと納得したのだった。
一時少し前になり、アリーナには大量の観客が犇めき合っていた。その中にもちろん、ダリルやオータムの姿もあるのだが、今は誰も監視にはついていない。もちろん、完全にフリーと言うわけではないのだが。
「すみませんね、いきなりこっちに代わってもらっちゃいまして」
「別に構いませんよ。人前に出ないで済むならそれに越したことはないですから」
「よくよく考えたら、碧さんはこういった操作が得意じゃなかったですからね。織斑先生に頼んでも、やってくれそうになかったですからね」
ちなみにその織斑姉妹は、一夏の頼みで例の二人をそれとなく見張っている。もちろん、本命は彼女たちではなく、宇宙規模のストーカーだ。
「それにしても、更識君って凄いですよね」
「一夏さん? いきなりどうしたんですか」
「いえ、さっきクラスの状況を見に行ったとき、更識君のスーツ姿を見たんですけど、完全に着こなしていましたから。それに、こういった企画もすぐに考え付いて準備し、それぞれのモチベーションを上げるために行動出来るんですから。そこらへんのサラリーマンより、よっぽど優秀だなーって思ったんです」
「まぁ、一夏さんは高校生であると同時に、立派な社会人ですからね。しかもかなり偉い地位の。ですから、それくらいは当然なんだと思いますよ」
普通の基準がイマイチ分かっていないナターシャは、一夏の地位ならばと納得していたのだが、その普通を知っている真耶から見れば、一夏の行動力などは異常なくらい凄いものだと感じられるのだった。
「しかもそれだけじゃなく、料理に洗濯、掃除まで得意だって噂ですからね~。更識さんたちが羨ましいですよ」
「? どういうことです」
「更識君のお嫁さん候補って事ですよ。あの家は特殊らしく、多重結婚が認められているらしいですから、全員そのまま、って感じでしょうけどね」
私も彼氏が欲しいです、という真耶の愚痴には付き合わず、ナターシャはモニターでアリーナの様子を眺めていた。
「(男子が一人もいない……って、IS学園は女子高だもんね。当然か)」
一夏がいる事で忘れがちだが、ISは基本女性にしか反応しないのだから、IS学園が女子高でもおかしくないのだ。ただその事を失念していたナターシャは、改めて一夏の凄さを実感したのだった。
とりあえず、色恋で盛り上がってるイメージが……偏見ですかね