暗部の一夏君   作:猫林13世

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二人きりですが


アリーナでのお茶会

 学園の関係者でもない自分が、何故この場で待機なのだろうと、ナターシャは何度となく自問自答したが、当然の如く答えなど持ち合わせていない。そもそもIS学園で匿われている身としては、人目の付かない場所にいられる方が都合がいいのだから、この場所は都合がいい場所だと言えるだろう。

 

「でも、せっかくのお祭りなのに、誰も来ないアリーナで待機って、退屈にもほどがあるわよ……」

 

 

 根っからのお祭り好き、というわけではないが、アメリカ育ちのナターシャにとって、ひっそりとした空間より、騒がしいくらいの方が自分に合っている気がしているのだ。

 

「それに、朝から何も食べてないし……」

 

「なら、これでも食べますか?」

 

「誰っ!?」

 

 

 誰もいないはずの空間から、自分の独り言に対する返事があったので、ナターシャは緩んでいた気を引き締め、背後を振り返った。

 

「おっと! 俺ですよ、一夏です」

 

「ああ、一夏さんでしたか……もうそんな時間ですか?」

 

 

 一夏がここに来るのは、午後一時少し前だと言われていたので、ナターシャは時計に視線を向けた。だが、現時刻は午前十一時を少し過ぎたくらいを差している。

 

「まだ早くないですか?」

 

「ちょっとした事情がありまして、人混みから逃げてきました」

 

「ちょっとした事情っていうのが気になりますが、それよりも何を持って来てくれたんですか?」

 

「ウチのクラスで出しているケーキと紅茶です。ナターシャさんへの差し入れと言う事だって言ったんですが、何故か俺の分まで用意してくれたんで、一緒に食べましょう」

 

 

 そう言って一夏は、ナターシャの前にケーキが乗った皿を置き、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。

 

「一夏さんって、更識内でもかなり上のポストなんですよね?」

 

「一応次期当主と言うことになっていますが、それが何か?」

 

「いえ、お茶を淹れたりするのが上手ですから、普段からやっているのかと思いまして」

 

「やってますよ? 暇があれば料理もしたいですけど、高校に入ってからはあまりする時間が取れませんけどね」

 

 

 政府からの要請や、亡国機業の事で休日も暇ではない一夏は、自分の趣味ともいえる家事をろくにする事が出来ないのだった。

 

「料理も出来るんですか。男の子なのに凄いですね」

 

「まぁ、事情があったのか、記憶が無くても料理は得意でしたね」

 

「あっ、その事もあったんですよね」

 

 

 あまり接する機会が無いが、ナターシャは一夏の過去を知っている。過去、といっても一夏が記憶を失った後の事だけで、織斑姉妹と共に生活していたころは知らない。

 

「お陰で困ってるんですよね。人間恐怖症が酷くて」

 

「ですけど、私とは割かし早く打ち解けてくれましたよね?」

 

「銀の福音が、貴女の人となりを俺に教えてくれましたからね。ISにそこまで想われている人が、危害を加えてくるとは思いませんし」

 

 

 はい、と淹れた紅茶も手前に置き、自分の分も淹れて一口啜る。その仕草が自然過ぎて、ナターシャはここがアリーナであることを一瞬忘れかけてしまったのだった。

 

「どうかしました?」

 

「いえ……一瞬ここがどこだか分からなくなりまして」

 

「?」

 

「一夏さんが紅茶を飲んでいる姿を見て、どこかの宮廷かと勘違いしてしまったんですよ。ほら、その恰好もどこかのエリート様みたいでしたし」

 

「着替えてもよかったんですが、一刻も早く人のいない場所に行きたかったのでこのままだったんですよ」

 

 

 いい加減邪魔だったのか、一夏が伊達メガネを外し、胸ポケットにしまった。ちょっと勿体ないとナターシャは感じたが、かけ続けてもらう理由が思い浮かばなかったので、少し息を漏らしただけで何も言わなかった。

 

「そう言えば、午後はナターシャさんも参加するんですよね? 大分目立ちますが問題ないのでしょうか?」

 

「何時までも隠れ通せるとも思えませんし、IS学園は不可侵ですからね。例えアメリカ軍が何かを言って来ても何も出来ませんから。それに、いざとなれば一夏さんたちが何とかしてくれるのでしょう?」

 

「まぁ、ここで匿っているのは俺たち更識の都合ですからね。本来なら更識の屋敷で匿うべきなのでしょうが、こっちの方が都合が良いものですから」

 

「私も、何不自由なく生活できてるから、文句はありませんけど。強いてあげるとすれば、外出が出来ない事ですがね。それは何処にいても同じですから、言うだけ無駄だと諦めてます」

 

 

 一歩外に出れば、身の安全は保障されない状況だと、ナターシャ自身も自覚している。国に殺されかけたのだから、それくらいは覚悟して生活するものだと思っていたのだが、IS学園という場所は前にも言った通り不可侵であり、何処の国も介入する事は出来ないのだ。

 だがどうも、日本政府はそのあたりの事を曲解し、日本にある学園なのだから、日本政府の言う事は聞くべきだとか言っているのを、ナターシャも耳にしていた。

 

「えっと、これで参加者は俺と刀奈さん、虚さんに簪、美紀に本音にマドカ、エイミィ、静寐、香澄さんにシャルにラウラにナターシャさんか。碧さんは山田先生と一緒にアナウンスだと言ってたし、あと一人くらいは欲しいかな」

 

「オルコットさんか凰さんはどうでしょう?」

 

「二人ともクラスの担当だそうです」

 

「では、織斑姉妹のどちらかは?」

 

「アレが暴走すると面倒なので。まぁ、ハンディマッチで刀奈さん対誰か二人でも良いんですけどね」

 

 

 現役の国家代表なだけあり、刀奈はこのメンバーの中でも頭一つ飛び抜けている。それでも、ペアの組み方によっては刀奈に勝てる組み合わせがあるので、そのあたりは慎重に選ぼうと一夏は思っていたのだった。




一夏の格好は、スーツのままですからね

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