一夏と接触したことにより、監視の目が緩んだ隙を突いたオータムは、スコールに報告の電話を入れていた。その時の雰囲気を感じ取った一夏が幼児退行を起こしたのだが、オータムはそんなこと知る由もなかったのだ。
『どうしたの? 潜入中はなるべく電話しないって言ってなかった?』
「監視の目が消えたから報告だ。あの餓鬼、微かな記憶の中に、オレの雰囲気を覚えてるっぽいぞ」
『そうなの? じゃあなるべく素の雰囲気は感じさせない方が良いわよ。あの子は敏感でしょうしね』
「ああ、気を付ける。それより、SHの母校だっていうから少しくらい期待して来てみたが、元のSHよりも使えねぇ連中ばかりだな」
『国家代表や更識所属の人間が底上げしてるだけで、学生レベルなんてそんなものでしょうよ』
スコールの評価に、オータムは首を傾げた。この程度のレベルの奴らが、次期国家代表や候補生に選ばれる事があるのかどうかと問われれば、オータムはあり得ないと答えたいくらいのレベルだと感じているからだ。
「この程度なら、SH一人でも半壊は出来るんじゃねえか?」
『バカ言わないの。総合的に見ればレベルは低くても、そこには織斑姉妹や小鳥遊碧っていう元国家代表がいるんだから。しかも、無傷で世界を制したIS操縦者なのよ。SHが勝てるわけないじゃない』
「そう言えばいたな、そんな化け物姉妹が」
入場の際、オータムも当然織斑姉妹のチェックは受けている。疑いの目は向けられたが、持ち前の演技力で何とか誤魔化したとオータムは思っているが、織斑姉妹は一応「巻紙礼子」という女性に注意すべしと生徒全員に通達するよう、真耶に命令しているのだ。
『とにかく、注意する人物は沢山いるの。特にMに見られたらおしまいなんだから、気を付けてちょうだいよ』
「そう言えばMのヤロウがいるのか、ここには。久しぶりに叩き潰してやりてぇ気分だが、任務遂行が優先だもんな。今は止めておくぜ」
受話器の向こうでスコールが呆れた雰囲気を醸し出したのを感じ取り、オータムは自己完結させたのだった。
『分かってるならいいけど……それより、ちゃんと覚えてるわよね?』
「『
『優先順位が逆よ。一夏の拉致が目的で、コアの強奪は二の次よ』
「……別に餓鬼を拉致らなくても、コアさえ手に入れば秘密が分かるだろうが」
『コア一つより一夏一人の方が価値が上なのよ。それくらい一夏は、IS業界にとって重要なのよ』
「よく知ってんだな……まぁ、あの餓鬼一人ならすぐに拉致れそうだが、問題は護衛と監視だな」
任務の重要さはイマイチ理解していないが、難易度が高い事は理解しているオータムは、めんどくさそうにため息を吐いたのだった。
オータムの気配が無くなった事で、一夏はある程度落ち着きを取り戻していた。
「一夏君、もう大丈夫なの?」
「い、一応は……ご心配をお掛けしました」
さっきまで刀奈の膝の上で寝ていた一夏だったが、漸く起き上がり刀奈から距離を取った。
「まだ辛そうよ。お姉さんの膝の上でもう少し休んだ方が――」
「お嬢様、一夏さんが大丈夫と言っているのですから、これ以上の抜け駆けは私たちの怒りを買うだけですよ?」
「ハイ、自重します……」
いつも以上に鋭い虚の視線に、刀奈は詰め寄ろうとしていた動きを止め、会長の椅子に座り直した。
「それで一夏さん、何があったのですか?」
刀奈が席に戻った事を確認して、虚が今回の原因を一夏に尋ねる。実は碧も美紀も、詳しい事情は説明していないのだ。とにかく、一夏が幼児退行を起こして大変だ、ということしか刀奈と虚は聞いていないのだ。
「俺を攫った人間が、今IS学園にいる可能性があります。というか、確実にいますね。あの気配は間違い様がありませんから」
「でも、不審者なら織斑姉妹が入り口でチェックしてるし……」
「変装しているのでしょう。もしくは、雰囲気を偽っているかのどちらかですが……恐らく後者でしょうね。本来の雰囲気を醸し出したままなら、今もこんな風に話せてないでしょうし」
まだ若干の震えは残っているが、幼児退行からは脱しているのが証拠だと、一夏は確信をもって刀奈たちに説明を続ける。
「なんとなくですが、さっきあった巻紙礼子さん、あの人が怪しいと思いますね」
「その根拠は?」
「尊さんたちが調べてくれた通り、みつるぎはペーパーカンパニーです。その渉外担当の人間が、まともである可能性はかなり低いと思いますし、どことなく怪しい雰囲気がしました」
「そう言えば、一夏さんは彼女の雰囲気に覚えがあったような事を言っていたと、本音から報告を受けています」
「デュノア社でニアミスしてるので、その時に感じたのかもしれませんが、どうも違うっぽいんですよね。とりあえず、碧さんと美紀は、引き続き彼女の監視を。虚さんと刀奈さんは、生徒たちに危害が及ばないように見張りをお願いします」
「一夏君は?」
「模擬戦開始までここで休んでいます。まだ完全じゃないですからね」
クラスにも本音やシャルから説明が行っているだろうし、今の状況でクラスに戻っても別のトラウマが発動するだけだと、一夏は冷静に自己分析を行っていた。
「分かったわ。でも、もうあまり時間は無いから、アリーナで休んでたらどう? あそこならナターシャさんがいるでしょうし、何かあったら守ってくれるわよ」
「そうですね……じゃあ、そうします」
刀奈の進言に頷き、一夏も四人と一緒に生徒会室を後にしたのだった。
刀奈も若干虚恐怖症が……