暗部の一夏君   作:猫林13世

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ヤベェ、難しいぞ、このキャラ……


微かな気配で…

 一夏にしては珍しく、自分から相手の前から立ち去るという行為に出たことを、本音は不思議に思っていた。だから一夏に直接尋ねる事にしたのだった。

 

「ねぇねぇいっちー。まだ話をしたそうだったけど、よかったの?」

 

「……なんか、あの人はヤバい。そんな感じがしたんだ」

 

「ヤバい? 確かに前デュノア社を訪ねてきた時もアポなしだったし、社会人としての常識とかが――」

 

「いや、そんな事じゃない。分からないけど、あの人の側にはいたくない。そんな感じがしたんだ。本音、悪いが碧さんと美紀と交代してくれ。シャルも、何が起こるか分からないから、出来るだけ離れてた方が良い」

 

「じゃあすぐに呼んでくるね。シャルルンは二人が来たら交代で」

 

「う、うん……」

 

 

 こういう時に素早く動けるあたり、本音も暗部の人間なんだなと実感するシャル。それに比べて自分は、と落ち込まないだけの差を見せつけられたので、むしろ尊敬の念すら抱いていた。

 

「本音って、普段はのほほんとしてるけど、やるときはやるんだね」

 

「あれくらい普段からしてくれればもっと評価されるんだけどな……」

 

 

 ISの操縦技術も、いざという時の行動力も、一夏は十分に評価しているのだが、どうにも普段のやる気のなさが本音の評価を下げているのだった。

 

「というか、一夏?」

 

「何だ?」

 

「足が震えてない?」

 

「まだ大丈夫だ。それよりも、あの人は本当にみつるぎの人か? ペーパーカンパニーとはいえ、社員を名乗る以上、何かやってるんだろうが……」

 

「そのことですが、一夏さん」

 

「うわぁ!? た、小鳥遊先生……いきなり現れるんですね」

 

「私もいますよ」

 

 

 本音から事情を聞いた碧と美紀が現れ、それを確認してシャルは教室へと戻っていった。本音を言えば、もう少し一夏と行動を共にしたかったのだが、一夏も自分も立場というものが存在する。普通の高校生ではなく、企業の重役として、同時に襲われると都合が悪いと言う事は十分理解している。また、自分も陰ながら守られているのだろうと言う事も理解しているので、我が儘でそれを台無しにすることはシャルには出来なかった。

 

「それで、一夏さん。みつるぎの実態ですが、どうもどこかの闇組織の資金源になっているようです」

 

「ペーパーなのにですか?」

 

「何をどうしているのかはまだ調査中ですが、一応活動はしているみたいです。ただ、主だったものを世に出した形跡はありませんが」

 

「一夏さんの命で、あの巻紙礼子女史を監視していましたが、VTSルームに興味を示したり、各国の代表候補生が所属しているクラスだけを訪れたりと、とてつもなく怪しかったです」

 

「他の場所には? 例えば、寮とか整備室だとかは」

 

「アリーナの方には何度か視線を向けてましたが、あそこは完全に関係者以外立ち入り禁止区域ですからね。篠ノ之博士並みの侵入技術が無ければ入り込めませんよ」

 

「そうだな……彼女を招待したと言う事は、ダリル・ケイシーは事実を知っているのだろうな。洗脳や脅迫をされていない限りだが……」

 

「そっちは特に動きは無かったわね。まぁ、私は監視してるのをバレているのを承知で監視してたんだから、動かなくても当然ですけどね」

 

 

 あっさりと言い放つ碧に、一夏は苦笑いを浮かべた。

 

「午後の模擬戦の警備、やはり織斑姉妹にも手伝ってもらいましょう」

 

「ですが、そうすると一夏さんにどのような要求をしてくるか分からないのでは?」

 

「学園の仕事の一環ですから。給料をもらってるんですから、十分に働いてもらいましょう」

 

「その理屈が通じないのが織斑姉妹なんですよ……まぁ、そんなことは私が言わなくても、一夏さんの方が詳しいでしょうけどね」

 

「記憶が無い以上、俺より碧さんの方が織斑姉妹との時間は多いと思いますけど」

 

 

 そこまで言って、一夏は不意に自分の身体を抱きしめた。我慢の限界が訪れたのではなく、僅かに感じた思い出したくもない空気に、トラウマが発動したのだ。

 

「「一夏さんっ!?」」

 

「ごめんなさい……僕は何も知らない……だからもう痛いのはイヤ……」

 

「碧さん、これは……」

 

「拉致された数時間の間に受けた拷問の記憶、でしょうね……薬物投与まではやってなかったけど、相当痛めつけられていた感じだったから……」

 

「怖いよ……助けてよ……お姉ちゃん……」

 

 

 あの頃の一夏にとって、助けを求める相手は千冬であり千夏だったのだろう。完全に閉ざしてしまった記憶が呼び起こされる事態に、碧も美紀も警戒心を強めた。

 

「一夏さんを拉致して、拷問した人が今、学園にいるんでしょうね」

 

「そんなこと言っても、今日は外部から来てる人が大勢いますし、このタイミングで記憶が蘇った事を考えると、今来た人が――ということになりませんか?」

 

「それか、隠していた雰囲気を解き放ったのかもしれないわね。そうなると、容疑者は今学園にいる人全員、ということになるわね……探し当てるのは無理そうね」

 

「とりあえず、一夏さんを安全な場所まで誘導しましょう」

 

 

 美紀の提案に、碧は小さく首を振った。縦にではなく、横にだ。

 

「今動かすのは得策ではないわね。私たちの事も認識出来ていない状況だし、もう少し落ち着いてからの方が下手に刺激しないわよ」

 

「分かりました。とりあえず、刀奈お姉ちゃんと虚さんには連絡を入れておきます」

 

「そうね。それから、生徒会室に誘導するから、それも伝えておいて」

 

「分かりました」

 

 

 自分の周りで知らない女性二人が何かを話していると、今の一夏にはその程度の認識しか持てない。そんな一夏の状況を、護衛二人は奥歯を噛みしめながら眺めるしか出来ないのだった。




ショタを本格的にやろうとすると、ちょっと厳しいな……

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