暗部の一夏君   作:猫林13世

231 / 594
失礼しました


一夏のコスプレ

 教室に一歩足を踏み入れた途端、蘭はここは何処だという感想を抱いた。

 

「本音! 三番にお茶とケーキ! 急いで!」

 

「五番のティーセットまだ?」

 

「二番のお客様お会計です」

 

「ここ、学校だよね……」

 

「ん? 蘭。さっきぶりだな」

 

 

 困惑していた蘭に声を掛けたのは、この場所の責任者である一夏だった。

 

「い、一夏さん!? その恰好は……」

 

「これか? 似合わないからスーツにしてくれって頼んだら、意外な事にOKが出てな。燕尾服じゃなくて済まないが、我慢してくれ」

 

「い、良い……」

 

 

 まだ中学生である蘭にとって、スーツという衣服は縁の薄いものだ。自宅が食堂を営んでいるのなら尚更であろう。

 

「? 蘭の親父さんは、普通にサラリーマンじゃなかったか? スーツなんて見慣れてるだろ」

 

「そう言う事じゃ……って、何で眼鏡を掛けてるんですか?」

 

「ああ、これか? 俺がスーツを着てもコスプレにならないって言われてな。というわけで伊達メガネをかけるように言われたんだが……恐ろしいほど似合ってないんだな、これが」

 

 

 一夏本人は似合っていないと思っているが、このクラスを訪れるほぼ全員が、一夏の眼鏡姿に悶えているのだった。

 

「まぁ、雑談は兎も角、お席にご案内します、お嬢様」

 

「お、お嬢様!?」

 

「嫌ならいつも通りに呼ぶが」

 

 

 どっちがいいと視線で問われ、蘭は少し考えて答えた。

 

「この場にいる間は、お嬢様でお願いします」

 

「畏まりました、お嬢様。それで、ご注文がお決まりになられましたら、そちらのベルを鳴らしてください」

 

 

 テーブルの上に置いてあるハンドベルを指差し、一夏は奥へと下がっていった。その姿を、この教室にいるすべての女子が眺めているのに、蘭も気が付き心の中で決意するのだった。

 

「(今は「悪友の妹」としか思ってないかもですが、何時か一人の女子として見てもらわなきゃ! そのためにも、ISの事を勉強して更識企業に就職して、一夏さんの助けになれるような人間にならなきゃいけないよね。さっきのシャルロットさんだって、一夏さんと一緒に働いてるわけだし)」

 

「あれ? あんた蘭じゃない! 何でここにいるのよ」

 

「鈴さん……そういえば貴女もIS学園でしたね」

 

「当たり前でしょ。これでも中国の代表候補生なんだから」

 

「おー、リンリンの知り合いだったのか~。いっちーと話してたから、いっちーのお友達かと思ってたよ~」

 

「一夏の悪友の妹よ、この子は」

 

 

 背後から声を掛けられ、聞き覚えのある声に応えると、その横から聞き覚えの無い声まで聞こえてきた。

 

「鈴さん、そちらは?」

 

「はじめまして~! 布仏本音だよ~! いっちーとは一緒にお昼寝する仲なのだ~!」

 

「お前が俺の横で勝手に昼寝をし始めるだけだろ。たまにはちゃんと仕事しろ」

 

「あっ、一夏さん」

 

 

 本音がサボってると報告を受けたのか、タイミングよく一夏が蘭たちの許に現れる。形だけ怒って見せている一夏に対し、本音は結構本気で謝っていた。

 

「ごめん、いっちー! だから、おね~ちゃんに報告するのだけは……」

 

「私が、何ですって?」

 

「やっほー! 遊びに来たわよ~」

 

「虚さん、刀奈さん……見回りは良いんですか?」

 

「最強の二人が見張ってるから大丈夫よ。それよりも、一夏君は何でスーツに眼鏡?」

 

「これがいっちーのコスプレだよ~」

 

 

 本音の説明になっていない説明では納得できなかった刀奈は、詳しい事情を一夏に問う視線を向ける。その視線を受けた一夏は、先ほど蘭にしたのと同じ説明を二人にもしたのだった。

 

「燕尾服姿の一夏君が見たかったな~」

 

「殆ど裏側の仕事しかしない俺までコスプレする意味が分からないんですが」

 

「ですが、やはり一夏さんのスーツ姿は何度見ても良いですね」

 

「そうですか? 本社に赴くときは大抵スーツなんですが」

 

「そう言えば、あたしたちが遊びに行った時もスーツだったわね。あまりにも自然だったからツッコまなかったけど」

 

「仮にも役員だからな。私服姿で本社をうろつくわけにもいかないだろ」

 

 

 本当は別件で用事があったからスーツだったのだが、その別件が何かと聞かれても答えられないので、一夏はそれっぽい事を言って誤魔化したのだった。

 

「一夏くーん、私紅茶とケーキセット」

 

「食べるんですか?」

 

「うん。虚ちゃんも同じのだって」

 

「……畏まりました、お嬢様」

 

 

 恭しく一礼して、一夏は厨房へ下がっていった。その一夏の一連の行動を、刀奈はつまらなそうに見ていた。

 

「あれ? 会長さんは『お嬢様』って呼ばれても嬉しくないんですか?」

 

「ん~? 普段から虚ちゃんに呼ばれてるしね。どうせなら一夏君に呼び捨てにしてもらえた方が嬉しいかな」

 

「一夏に呼び捨てですか……あたしは普段からそうですし、嬉しいとは思えませんね~」

 

「人それぞれよ。鈴ちゃんは『お嬢様』って呼ばれれば嬉しいし、私は呼び捨てにしてもらえたほうが嬉しいって事ね」

 

「いっちーは大抵呼び捨てだからね~。あっ、でもカスミンの事はさん付けで呼んでるな~」

 

「本音、何時までもお喋りしてないで、しっかりと働きなさい」

 

「は~い」

 

 

 虚に注意され、漸く本音も作業へと戻っていった。なし崩しに相席になってしまった蘭だが、その相手がIS界で名の知れたメンバーだったので、一言も発することなくその場で固まってしまったのだった。




投稿する話を間違えた……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。