あっという間に文化祭当日になり、織斑姉妹は一夏に命じられた通り入口での来場者のチェックを行っていた。
「あれって織斑姉妹じゃない? やっぱりIS学園で教師をしてるって噂は本当だったんだ」
「もし合格すれば、織斑姉妹に指導してもらえるってこと? それじゃあ頑張らなきゃ!」
その実態はダメ教師であることは知られていないので、外部から見た織斑姉妹像というのは、羨望の眼差しを向けるに値する人間なのだ。
「わぁ、織斑姉妹だ……本当にIS学園にいるんだ……」
「ん? お前は私たちがIS学園にいることを知っているようだな」
「あ、はい! 招待してくれた人が教えてくれましたので」
「誰の招待だ? ……何!? 一夏だと!?」
「えっ、はい……兄の友人が一夏さんでして、来年受験するから中を見学したいとお願いしたら招待券をくれたんです」
値踏みするような織斑姉妹の視線に耐えられず、蘭が先に事情を説明した。別に悪い事をしているわけではないのだが、どうにも居心地の悪さを感じてしまうのだ。
「それだけか」
「はい?」
「貴様と一夏の関係は、兄が友人というだけかと聞いている」
責めるような問いかけに、思わず蘭の足が竦む。そんな蘭を助けたのは、織斑姉妹を見張ることを一夏に頼まれていて、何かあったら連絡するように言われていたナターシャだった。
「一夏さん、こっちです」
「「何っ、一夏だと!?」」
「……開始早々何してくれてるんですか、貴女方は」
「「い、いや……お前の交友関係を知りたくてな」」
「はぁ……蘭、大丈夫か?」
ナターシャから連絡を受け、ちょうど真上の教室にいた一夏は、窓から飛び降りてこの場所へとやって来た。着地の瞬間のみ、闇鴉を展開し衝撃を吸収したのだ。
「は、はい! 一夏さん、この度は招待いただきありがとうございます」
「ああ、未来の後輩になるかもしれないからな。それにしても、喋り方が固くないか?」
「だ、だって……織斑姉妹が見てますし」
「ところで、何故織斑先生たちは蘭を詰問していたのでしょうか?」
「弟の交友関係を探るのも姉の務めだ!」
「そんな訳ないでしょうが……」
「お、弟? 一夏さんって織斑姉妹と姉弟だったんですか?」
「ん? 蘭は知らないんだっけ? 俺の旧姓は『織斑』だからな。不本意ながらこの人たちとは姉弟の関係になるんだ」
本当に不本意だという雰囲気を纏う一夏に対し、織斑姉妹は誇らしげに胸を張っている。
「まぁ良い。蘭、ゆっくりと見学していくと良い。この人たちは俺が何とかしておくから」
「は、はい! それじゃあ見学させていただきますね」
「あっ、一応言っておくけど、立ち入り禁止区域には入らないようにな。弾ならともかく、蘭はそんなことしないとは思うが念のために」
「分かってます。それに、人がいないところには行きませんよ」
一夏に手を振って、蘭はIS学園内へと足を踏み入れる。その背後では、織斑姉妹が一夏に注意されている声が聞こえたが、蘭は一切振り返ることは無かった。
一年四組でのISの解説をしっかりと聞いた蘭は、次は何処に行こうか考えながら歩いていたら物凄い行列にさしあたった。
「何だろう、この列……」
「はいは~い! 最後尾はこちらで~す!」
「あの、すみません」
列整理をしている、関係者と思われる女性とに声を掛ける蘭。女生徒は人好きのする笑みを浮かべ蘭に振り返った。
「はい、何でしょうか?」
「(うわっ、凄い美人……)これって何の列なんですか?」
「これは一年一組のコスプレ喫茶の行列ですよ」
「一年一組……一夏さんのクラスか」
「君、一夏の知り合いなの?」
「あっ、はい。お兄が一夏さんの友達ということにさせてもらってます」
蘭としては、あの兄が一夏の友人であるということを、いまだに信じられずにいるのだ。だから説明する時も、一応だとかそう言う事になっているという説明をするのだ。
「一夏の知り合いなら寄っていった方が良いと思うよ。さっき出て行ったときは制服だったけど、今は違うからさ」
「えっと……まさか一夏さんもメイドの格好を?」
それだったら嫌だなと思いながら、恐る恐る尋ねると、女性とは本気で笑い出した。
「さすがにそれは無いよ。だって一夏がメイド服なんて着てたらおかしいでしょ?」
「それはそうですが……では、一夏さんはどんなコスプレを?」
「一夏はね、執事の格好をしてるんだよ。そのお陰でこんなに混んでるんだけどさ」
「一夏さん、ここでも人気なんですね」
極偶に五反田食堂に顔を見せた際、母親の蓮が一夏に見とれたという過去を知っている蘭は、一夏が客引きをすれば儲かるということを理解していた。
「えっと……貴女と一夏さんの関係は?」
「僕と一夏の関係? そうだな……本社重役と傘下の社長って間柄かな」
「はい?」
冗談だとしたら分かりにくいし、事実だとしたら意味が分からない説明に、蘭は思わず首を傾げてしまった。
「一夏の家が大企業だって事は知ってるよね?」
「はい、更識企業ですよね」
「うん。そして僕の家は、フランスにあるデュノア社なんだ。最近更識企業の傘下に入って、僕はそこの社長をやってるんだ」
「えっと……ニュースで見た気がします……元フランス代表候補生で、今はデュノア社社長のシャルロット・デュノアさん?」
「うん、そうだよ」
金髪美少女と会話をしている間に、蘭が入店できるまであと少しというところまで列は進んでいたのだった。
志望しているんだから、蘭を誘えば良いものを……