思いのほか早く撤退を決め込んだ日本政府の要人たちを見て、一夏は首を傾げてた。彼らのしつこさは身に染みて知っているので、これほど早く退散するなど、一夏は思っていなかった。
「何かあったのか?」
「織斑姉妹が追い払ったのよ。それも、かなり怒ってたっぽいから、これからはそれほど干渉してくることも無いでしょうね」
「刀奈さん。そうでしたか、あの人たちもたまには役に立つんですね」
「中々辛辣ですね、一夏さんは」
「虚さんも。お疲れ様でした」
日本政府の要人たちの監視から戻って来た刀奈と虚を労い、一夏は送られてきた久延毘古のデータを開いた。
「香澄さんとの相性はバッチリのようだな。だがまだ慣れてないのか、動きがぎこちない部分が見られる……これは訓練して補うしかないし、連動は問題なさそうだが、回避重視にした所為か攻撃力が低い。まぁこれは想定内の結果だが、香澄さんの性格では司令塔は任せられそうにないし……」
「一夏君、研究もいいけど、少し休んだ方が良いわよ? 久延毘古の設計から製造、それからテストにお披露目会と色々立て込んで、まともに休んでないんだから」
「……そうですね。とりあえず一段落しましたし、明日の夏休み最終日はゆっくりと――」
「いっちー! アリーナになんかニンジンみたいなものが降って来た!」
一夏はその犯人の顔を頭に浮かべ、思いっきりため息を吐いたのだった。
突如現れた謎のニンジンに、更識関係者及び織斑姉妹以外の面々は慌てた様子だった。モニター室で真耶が慌てていたが、碧がすぐにやってきて心配ないと告げると、ホッとした様子でアリーナに出てきた。
「ところで小鳥遊先輩、これっていったい何なんでしょう?」
「恐らく、一夏さんや織斑姉妹への来客なんでしょうけどね……」
碧の予想は正しく、織斑姉妹と一夏がアリーナに到着すると、その物体の一部が開き、中から人が出てきた。
「やあやあちーちゃんになっちゃん、それにいっくん! 天才束さんのお出ましだよ~」
「もう少し大人しく登場できないのか、お前は」
「アリーナの結界を貫き、地面に穴まで開けて! 誰が直すと思ってるんだ!」
「少なくとも貴女方ではないですね。それで、何か用なんですよね、束さん」
「たまには顔を見せておかないと忘れられちゃうかな~って思った――ってのは冗談だから、三人ともその殺気はしまってくれないかな」
冗談を言える状況ではないと覚った束は、とりあえず咳払いをして仕切り直しを図った。
「ごほん、実はね、亡国機業と思われる人間がIS学園に侵入を試みているという情報をキャッチしたから、これはすぐにでも三人に知らせなくては! って思ってね。急いで飛んできたんだよ~」
「電話でよかったでしょうに、織斑姉妹ではありませんが、この修理費用は束さんの個人資産から払ってくださいよ」
「いっくんだってお金持ちじゃない! 何で束さんが――」
「貴女が壊したからですよ。それとも、この仕業は貴女が原因ではないとでもいうのですか?」
ニッコリと笑顔を浮かべ詰め寄る一夏に、束も興奮より先に震えが襲った。いくら一夏限定の変態といえども、この笑顔で興奮することは出来なかったのだ。
「わ、分かったよぅ……明日には修復用のロボを派遣して傷一つなく直すから、その笑顔は止めてもらいたいかな~、なんて」
「束さんの発明品ですか……どうにも不安でしかないのですが」
「そんなことないよ~。あの快眠くん五号でもわかるように、束さんの発明は問題ないよ!」
「「何っ!? あれは一夏の発明ではなく貴様の発明だったのか!」」
「専用機の調整で忙しかった俺が、あんなの作る暇あるわけないって分からなかったですか?」
本当は製造で忙しかったのだが、ここにはその他大勢の耳があることを一夏は忘れていなかったので、あえて調整という単語を使った。その事で三人も他者がこの場にいることを思い出したのだった。
「それで、亡国機業の人間が侵入を試みようとしているということですが、それは確かですか?」
「誰が手引きをしてる、とかは分からないし、何時決行するのかも分からないけど、それだけは確かだよ。この束さんでも、亡国機業の妨害電波を全てクリアにして会話を盗聴するのは難しいくてさ~」
「盗撮、盗聴、不法侵入。随分と立派な犯罪者になったな束」
「公共物破損も含めれば十分に有罪判決が下るだろう。さぁ、大人しくわたしたちに捕まれ」
「それくらい大目に見てよ~。私とちーちゃん・なっちゃんの仲じゃないか~」
本気で逃げ惑う束を、本気で追いかける織斑姉妹。それでも三人が遊んでいるように見える一夏は、三人の事を視界から外して、亡国機業の事を考えることにした。
「刀奈さん、虚さん。束さんの言葉の信憑性は高いと思われますので、警備体制を整えるように轡木学長に進言しておいてください」
「分かったわ」
「それから美紀は、例の事の裏付けを楯無さんに依頼しておいてくれ」
「分かりました」
「簪は俺と一緒に学園に保管されているデータのセキュリティ強化を頼む」
「分かった」
「いっちー、私は?」
自分だけ何も言われなかった本音は、一夏に自分にも役目が欲しいと申し出る。だが一夏は首を横に振り、そして口を開いた。
「本音とマドカは、いざという時まで待機だ。自由に動ける人間が必要だからな」
「ぶぅ~。まぁ、遊んでていいならいいけどね~」
「というか、本音。私の事忘れてませんでしたか?」
「そんなことないよ~。マドマドも私と一緒に待機だね~。さて、何して遊ぼうか?」
「遊んでる場合ですか……有事に備えて力を高めておくのも兄さまのお役に立つことだと思いますが」
本音と同じく待機を命じられたマドカは、残りの更識所属の面々の実力を考えてそう申し出たのだが、本音には響かなかったようだった。
駄姉と駄ウサギの追いかけっこは、かなりガチな速さで行われています