暗部の一夏君   作:猫林13世

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お披露目ですが、ちょっと負けん気が……


美紀の本気

 一夏に命じられたように、簪と碧はアリーナで不審な動きをしてる生徒がいないかを見張っていた。一夏は個人名を出さなかったが、彼の本心は「ダリル・ケイシーの見張り」を二人に頼んだのだと、簪も碧も思っていた。もちろん、ご当主様がアリーナの見張りと言った以上、個人だけを監視しているわけにはいかないのだ。

 

「簪ちゃん、私は一応見回ってくるから、ここはお願いね」

 

「分かりました。観戦してるフリをしながら監視しておきます」

 

 

 アリーナを見回る以上、生徒の簪より教師の碧の方が不審がられない。また、アリーナで観戦するなら、教師の碧より生徒の簪の方が不審がられない。この二つの点から、見回りは碧、監視は簪が担当することになった。

 

「何かあったらプライベート・チャネルで伝えてちょうだい。回線はすぐに開けるわよね」

 

「もちろんです。ただ、先輩も今回は大人しくしてるのではないでしょうか。何かするにしても、準備期間が短すぎたと思いますし」

 

「一夏さんが個人名を差して言わなかったのは、彼も同じ考えだからでしょうね。でも、彼女が怪しいのには違いないのだから、念には念を入れて見張らなきゃ」

 

 

 碧の言葉に頷き、簪は手近の席に腰を下ろし、アリーナとダリルの両方が見えるように顔を固定した。

 

「(それにしても、さっきから香澄は回避に専念してるようで、反撃に出ていない。それだけ美紀が押してるんでしょうけども、その攻撃を一発も当たることなく逃げている香澄は、かなりの実力をつけたって事なのかな。それとも、一夏が造った久延毘古が美紀の実力を凌駕しているのかな)」

 

 

 簪の興味は、美紀の攻撃を捌いている香澄に向けられつつあったが、視界の端ではしっかりとダリルを捉えているのだ。簪も暗部組織の一員、それくらいはしっかりとやってのけるだけの技量は持っているのだ。

 

「(あっ、香澄が攻撃に出た。でも、やっぱり美紀には届かないか)」

 

 

 ペアを組んでいるから分かるのだが、香澄の実力じゃ美紀に一太刀浴びせられるかどうかというくらいだろうと、簪は思っていた。それだけ美紀の実力は高く、一対一で戦えば、自分も勝てるかどうか分からないくらいだろうと思っている。素直に負けを認められるのは、碧、刀奈、虚を除けば美紀だけなのだ。

 

「(三人は年上だし、碧さんは世界最強の称号を持っている、お姉ちゃんは現日本代表で、二代目世界最強、虚さんは一夏が認めた更識の代表操縦者。この三人は織斑姉妹と並んでも遜色ない実力を持っている、負けて当たり前だもんね。でも美紀は違う。私と同い年で、互いに切磋琢磨してきた相手。負ければ悔しいけど、負けても素直に受け入れられる。その代わり、本音に負けたらかなり情けないけどね)」

 

 

 訓練もまともにしない本音だが、野生の勘と土竜の性能でたまに簪や美紀に勝てることがあるのだが、その時は簪も美紀もかなり悔しそうな反応を見せる。そして次は負けないと意気込んで互いに訓練を重ねるのだった。

 

「(あっちの来賓には動きはなさそうだよね。自分たちで注文しておいたんだから、更識がこれ以上力をつけても文句は言えないでしょうし)」

 

 

 そんなことを考えながら、簪は再び監視に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度となく攻撃を繰り出しても、悉く躱されてしまう。美紀は焦りこそはしていないが、次第に焦れてきていた。

 

「(さすがに一夏さんが設計して製造しただけの事はありますね。まさかここまで全撃躱されるとは)」

 

 

 刀剣での攻撃だけではなく、銃火器での攻撃も捌かれているので、美紀はいよいよ攻撃の手段が尽きてきていたのだ。

 

「(何か無いの、金九尾)」

 

『そんなこと言われても、一夏さんが作った未来予知をどうにかしないと、向こうの体力が尽きるまで躱されるって』

 

「(体力……前までだったら何とかなったかもしれないけど、織斑姉妹の無茶なカリキュラムの所為で、香澄もかなり体力がついてるしなぁ……こうなったら出たとこ勝負。カウンターだけを注意して突っ込む)」

 

 

 この模擬戦は、あくまで久延毘古のお披露目の意味に重きを置いているので、勝ち負けはあまり重要ではない。だが同級生として、クラスメイトとして、同じ更識所属のパイロットとして、美紀は香澄に負けたくないと思っていた。

 

「(専用機の所有時間では、圧倒的に私の方が長い。でも、香澄さんにそんな常識は通用しない。何せ心が読めて、未来まで見える武装を持っているんだから。それに対抗するためには、無心で挑み、今まで以上の速度で仕掛ける)」

 

 

 いったん距離を取り、美紀は一つ息を吐いた。自分が纏う空気が変わったと、何人かの人間が気づいた事も今の彼女には理解出来ていた。

 

「(一夏さんに教えてもらった、最終奥義)」

 

 

 一夏は篠ノ之流を修めてはいないが、姉の動きからその極意を読み取っていた。そしてその極意を、美紀に伝えていたのだった。

 

『そこまで! 勝者・四月一日美紀!』

 

 

 無心の一振りが久延毘古を捉え、その一撃が決定打となった。あくまでお披露目であり、どちらかの攻撃が当たった時点で終了と決められていたのだ。

 

「やっぱり強いですね、美紀さんは」

 

「香澄さんも。当てるのに苦労したわよ。まさかこれほどの大勢の前で最終奥義を出す羽目になるなんて思ってなかったわ」

 

 

 専用機を纏ったまま互いに手を差し出し、空中で握手を交わす二人に、アリーナから割れんばかりの歓声が贈られたのだった。

 

「なんだか恥ずかしいですね」

 

「でも、それだけみんなが満足してくれる戦いが出来たって事ですよ。私も色々と戦ってきましたけど、ここまでの歓声は初めてです」

 

 

 美紀の感想に、香澄が恥ずかしそうに視線を逸らした。自分ではそのような戦いをしたつもりは無いので、美紀の中での最高の評価を貰って照れたのであった。それが分からない美紀は、何故香澄が照れているのかと小首を傾げながら考えていたのだった。




候補生としての意地が……

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