暗部の一夏君   作:猫林13世

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今回ルビ振ってないけど、読めますよね?


久延毘古、完成

 簪が最終調整を済ませたのと同じタイミングで、一夏が整備室へ戻って来た。だがその表情は、普段より険しく、また厳しいものだった。

 

「一夏、何かあったの?」

 

「いや、楯無さんから電話だったんだが、消えた倉持技研の技術者の大半は亡国機業に流れて行ったとみて間違いないらしい」

 

「それって結構面倒な展開だよね? 日本政府の情報をある程度知れる立場だった倉持が、ほぼ丸ごと亡国機業に行っちゃったんだから」

 

「情報だけなら大したこと無いだろう。倉持が知れる情報なら、亡国機業だって自力で知ることが出来ただろうし」

 

 

 日本政府御用達となっているのは更識であり、倉持技研が知れる日本の情報は、ほぼ開示されているものばかりであり、極秘情報などは知る術がない。

 

「とりあえず、最終調整は済んだんだろ? だったらさっさとフィッティングとパーソナライズを済ませてしまおうか。そろそろ静寐や美紀も起きてくるころだろうし」

 

「あれ? 一夏さん、何故美紀さんの名前まで……」

 

「訓練は違う相手とした方が為になりますからね」

 

「静寐は一夏と同じくらいだけど、美紀はそれ以上だしね。いい経験になると思うよ」

 

 

 二人の笑みに、香澄は背筋に冷たい汗を掻いていた。普段の笑みではなく、底冷えのするような笑みを見たのは初めてだった香澄は、この二人は何が目的なのかと首を傾げた。考えても分からなかったので、直接聞くことにしたのだった。

 

「えっと……その笑みは何を期待してるの?」

 

「久延毘古を使ったデータを元に、新しい開発が出来ないかと思ってな」

 

「日本政府の言いなりで造ったと思われたら、更識のイメージが下がるしね。何かしらの新商品を開発しないと気が済まないんだよ」

 

「ですが、久延毘古に使われている武装にだって、新しいのはありますよね?」

 

「ほぼ香澄さん専用に開発したものですから、一般には使えません。俺や刀奈さんでも無理です」

 

「まぁ、完全個人設定だと言うだけでも、十分宣伝にはなるんだけどね」

 

 

 更識の設計・開発を担当している一夏と、経理を担当している簪は、ただ造ればいいという考えではなく、そこからどう利益を生み出すかまで考えなければならないのだ。久延毘古に搭載されている武装は、ほぼすべてが香澄専用に造られており、そこだけ見れば今回の利益はほぼゼロだ。だが久延毘古のデータを徹底的に解析し、それをゲームにでも反映して人気が出れば、それは利益につながるのだ。

 

「なんだか更識企業って、色々大変なんですね。今まで内側を知る機会なんてなかったので、ちょっと驚きですよ」

 

「まぁ次期当主候補と、前当主の娘だからね。大変な事はいっぱいあるよ」

 

「と、そんなこと話してる間にフィッティングとパーソナライズ終了。これで久延毘古は完全に香澄さんの専用機になりました」

 

 

 会話をしながらも、一夏は正確に作業を進めていた。香澄はその能力を羨ましく思ったが、これは自分が真似して出来るものではないと理解し、口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏が電話で静寐と美紀を呼び出し、いよいよ専用機のお披露目となる。すでに搭乗し一夏と戦ったのだが、あれはあくまでも最終調整の為に必要だったからだ。専用機としては、今が初めての搭乗となる。

 

「緊張してきたなぁ……」

 

『大丈夫です。貴女は必ず成功します』

 

「何でそんなことを言い切れるんですか?」

 

『私は全てを知っていますから』

 

「凄いなぁ……一夏さんがそういった神様だとは言っていたけど、まさかISもそうだなんて」

 

『久延毘古の名を冠するのですから、それくらいは出来ないとダメだと一夏様は思われていたそうです』

 

 

 製造時に知った一夏の苦悩を、久延毘古はあっさり香澄にバラす。本人がいないから言えた事だろうし、本人がいたらさすがの久延毘古も言わなかっただろう。何せ、言えば怒られる未来が見えているのだから。

 

『一夏様はご説明しませんでしたが、あの未来予知の武装の説明をいたします』

 

「説明って、あれは久延毘古の特性じゃないんですか?」

 

『いいえ、違います。あれは貴女自身の特性である「相手の本音を聞く能力」が大きく関係してくる武装です。もちろん私もフォローしますが、基本的には貴女が使い、貴女が未来を見る事が主の武装です。使い方は問題ないですよね?』

 

「VTSで散々テストしたし、さっきも久延毘古に搭載された状態で使いました。でも、久延毘古に搭載されていた方が使いやすかったのは何故でしょう?」

 

 

 自分の特性が関係しているのなら、VTSだろうが実戦だろうが関係ないのではないかと香澄は疑問に思った。その質問が来るのが分かっていたかのように、久延毘古はすぐに答えを返した。

 

『あくまでも貴女の特性が重要とはいえ、私の特性が関係ないわけではないのです。全てを見通す私の能力もまた、あの武装の完成に必要だったのですよ。だから先ほど貴女が使いやすいと感じたのは、私の特性を無意識に発動させていたからでしょう』

 

「そうだったんですね。一夏さんは色々考えていると言っていましたが、やはり凄いですね」

 

『あのお方は、背負うものが大きすぎますからね。別の事を考えて気を紛らわせなければ、今頃潰れていてもおかしくなかったでしょう』

 

「それってどういう……」

 

 

 香澄が質問しようとしたタイミングで、ピットに一夏がやってきて久延毘古は口を閉じてしまった。本人が知られたくない事を言うほど、久延毘古も無神経ではないのだ。

 

「とりあえず日本政府の人間が集まったから、お披露目と行こうか。相手は静寐だが、後で美紀とも戦ってもらうからな」

 

「一夏さんの口調が研究者モードだ……これは何を言っても意味がなさそうです」

 

 

 香澄は諦めの気持ちで頷き、そしてピットからアリーナへと飛び立ったのだった。




これで専用機は完成、後は増えない予定……今のところは

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