夏休みも残り二日となったこの日、香澄は朝から一夏と簪に呼ばれ整備室へ来ていた。理由はなんとなく分かっていたが、いざそれを目の前にすると、それを現実として受け止めるのに苦労してしまったようだ。
「えっと……これって……」
「とりあえずは完成した香澄さんの専用機です。あとは微調整とパーソナライズ、フィッティングを済ませれば、完全に香澄さんの専用機となります」
「一夏がこだわった所為で、夏休みギリギリになっちゃったけどね」
「こだわったのは簪だって同じだろ」
製造者二人がどこにこだわったのか、香澄には分からない。だが自分の為にそれだけ時間を割いてくれたということだけは、ちゃんと理解出来ていた。
「本当に、ありがとうございます。私の為に貴重な時間を……」
「何言ってるんですか。香澄さんにはこれから存分に動いてもらうんですから、そのための投資だと思えば問題ないですよ」
「一夏はほとんど前線に出ないもんね」
「俺が出たって邪魔になるだけだろ? 刀奈さんとか虚さんとか、実力者と行動しても足を引っ張るだけだし」
「一夏さんで足を引っ張る存在なら、私なんて戦力にすらなりませんよ……」
弱気になる香澄に、一夏は苦笑いを浮かべて彼女の肩に手を置いた。
「香澄さんはこれからまだまだ成長出来る可能性を秘めています。即戦力とは正直思ってませんが、中長期的な目で見れば、香澄さんは間違いなく更識の力になってくれる存在です。俺も手伝いますので、ゆっくり成長していきましょう」
ここであえて正直に言うのが、一夏の人望の厚さなのかもしれない。下手に嘘を言って、余計な心配を掛けるよりも、事実を伝え、現状を理解させ、どう動けばいいのかを伝える。それがたった数年で更識をIS企業ナンバーワンに押し上げた一夏のカリスマ性なのだ。
「とりあえずは、今の段階でどれだけ動かせるかやってみましょう。簪、データを頼む」
「一夏が相手するの?」
「まだフィッティングもパーソナライズもしてない状態で、簪の相手はキツイだろ?」
一夏のセリフに、香澄が全力で同意した。本心では一夏の相手も十分キツイと思っているのだが、それ以上に簪の相手はキツイのだ。
「本当は本音か静寐に頼もうと思ってたんだが、さすがにこの時間に叩き起こすのは忍びない」
「私は良いんだ……」
「だって、香澄は当事者でしょ? 本音は兎も角、静寐は更識本家に連なる人じゃないし」
「そういうわけで、俺が相手だが勘弁してくださいね」
「勘弁願いたいのは私の方ですよ……」
一夏の背後で、闇鴉がやる気満々の目を向けてきたので、香澄は今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。だがここで逃げても、結局は一夏以上と思われる相手と戦うのだから、ここは覚悟を決めて試運転をしようと思い直した。
「えっと、この機体の名前は?」
「
「じゃあ、あの未来予知みたいな武装は、この機体の名前から考えたの?」
「それだけじゃないけどな。香澄さんの特性もあるし、それならいっそのことって感じで考えた」
「一夏ってノリで行動する時があるよね」
「スサノオだって、結構ノリで考えたんだが」
エイミィの専用機であるスサノオも、一夏が面白そうと思ったから造られた部分が多分に含まれている。それでも、十分な実力を発揮するあたり、一夏もまた天才なのだろう。そう香澄は思うことにしたのだった。
久延毘古を使っての一夏との模擬戦は、手数の多さで一夏が辛うじて勝った。だがVTSで練習していたとはいえ、香澄の操縦技術は既に高いものだと一夏には感じられていた。
「使ってみた感想は?」
「あの未来予知機能が、VTSとは比べ物にならないくらい使いやすいです。VTSだと私一人で情報を処理しなければいけなかったんですけど、久延毘古に搭載して使うと、ISが情報処理を手伝ってくれているような感じがするんです」
「当然だよ。い――更識が造る専用機は、それぞれが明確に意思を持って操縦者のサポートをしてくれるんだから」
一夏が、と言いかけて、簪は咄嗟に更識はと言い直す。模擬戦で疲れている香澄に、僅かな違いを指摘するだけの思考力は残っていなかったので、簪はホッと胸をなでおろし説明を続けた。
「恐らくその久延毘古も、フィッティングを済ませれば話しかけてくれると思うよ」
「そうなんですね。ところで、一夏さんは何処に?」
「一夏なら、さっき電話がかかってきてアリーナの外に行ったよ。それじゃあ、最終調整に入ろうか。香澄は何か違和感を覚えなかった?」
「今のままでも十分ですけど、強いてあげればちょっと動きが早すぎます。もう少し遅い方がベストだと感じました」
「今の状態に合わせるならそうかもね。でも、一夏は香澄が成長すると見越して今の設定にしてるから、これがベストだと感じられるようになるはずだよ」
「一夏さんの期待値が高いのは分かりましたけど、買い被り過ぎじゃないですかね?」
イマイチ自分も実力に自信が持てない香澄が、自虐的なコメントをする。そのコメントを受け、簪が少し羨ましそうな目を香澄に向けた。
「一夏が期待するなんて、めったにない事なんだから、もう少し自信を持った方が良いよ。私や美紀だって、一夏に期待されたことなんてないんだから」
「そうなんですか?」
「最初から、出来て当たり前だと思われてる部分があるしね」
香澄にとって、簪の状況が羨ましいのと同じく、簪にとって、一夏に期待されている香澄の状況は羨ましいものなのだ。そのことを伝え、簪は先ほどの模擬戦で採ったデータを反映させ、久延毘古の最終調整に入ったのだった。
大学で専攻してたから仕方ないですが、多いな……