ダリルを撃退した碧は、そのことを覚られることなくVTSルームで繰り広げられている戦いを見学し始める。一夏は二人のデータを取ることに集中しているし、美紀と香澄は碧が部屋に入ってきたことにすら気づいていない。
「失礼します、一夏さんは……」
「虚さん? 何か用事ですか」
「あっ、はい。至急一夏さんに確認していただきたい案件がございまして、忙しいと理解しておりながらもお邪魔いたしました」
「いえ、大丈夫です。碧さん、ちょっとお願いします」
データの整理を碧に任せ、一夏は虚が持ってきた案件に目を通す。そして小さく息を吐き、虚が持ってきた報告書を虚に返した。
「これは間違いなく日本政府からの要請なんですね? 裏で学園長が糸を引いているとかではなく」
「そのような事を、轡木学長がする理由がありませんし。いくら戦力が上がろうが、学長に一銭の利益もないんですし」
「裏で取引してそうだけどな、あの爺さん……まぁ、最終段階に入ってるから、日本政府にはもう少し待てと返答しておいてください」
「承りました。それから、ここに来る途中で三年のダリル・ケイシーに会いました。VTSルームを使いたいとの事でしたが、おそらく嘘だと思います」
虚の報告に、碧は一瞬だけ反応を見せたが、さすがに暗部の人間だけあって、その動揺は一瞬で収まった。だがその一瞬を、一夏は敏く見ていた。
「碧さん、何かご存知なようですね」
「え、ええまぁ……虚ちゃんが会う前に、不審な動きをしてるダリルさんを追い返したから」
「例の盗聴器ですか?」
「やはり気づいてましたか。仕掛けたのは自分ではないと否定していましたが、そのまま盗聴器を持って帰ったことから考えて、スパイは彼女だと思われます」
「アメリカ政府のスパイなのか、それとも軍なのかは分かりませんが、ダリル・ケイシーはアメリカのスパイで間違いなさそうですね」
さすがの一夏も、ダリルが亡国機業の人間であることまでは見抜けていなかった。ナターシャを更識で保護し、そのまま銀の福音も回収した腹いせでもしてるのではないかと思っていたのだった。
「情報を盗んだところで、アメリカの技術力では再現出来ないでしょうが、念のためダリル・ケイシーの監視をお願いします。あくまで片手間で、本気で疑ってないように装ってください」
虚に監視を命じ、一夏は再びデータが表示されているPCの前に戻り、そして集中してしまった。
「相変わらず、研究熱心ですね、一夏さんは」
「虚ちゃん、一夏さんに害をなすような人なら――」
「分かってます。代々更識家にお仕えしてきた家の者として、必ずやご当主様をお守りいたします」
深く一礼をして、虚はVTSルームを後にした。そしてそのタイミングで、美紀が香澄を下したのだった。
一夏から命じられたが、あくまで本気で疑っている事を覚られないようにと言われているので、虚はダリルを監視しに行ったのではなく、刀奈に相談に行っていた。
「その人、本当にアメリカのスパイなの? その人が言ってた通り、一夏君に興味があるだけの可能性は?」
「それは無いと思われます。本当にそれだけなら、盗聴器を仕掛けることまでしないと思います。ましてやアメリカ代表候補生の彼女がそんな事をしたと公になれば、アメリカの権威はさらに下がります。興味本位でないなら指示でしかありえません」
「それにしてはお粗末だったのよね? もっとましな盗聴器は無かったのかしら」
「例の銀の福音暴走事件の真相を、一夏さんと篠ノ之博士が解明してしまった所為で、アメリカはイスラエルに多額の賠償金を支払ったばかりですから、国にお金が無くても仕方ないのではないでしょうか」
アメリカは、共同開発を利用し、イスラエルの技術力を盗む計画だったのだが、大天災と更識企業のトップが協力して真相解明に当たったのが想定外の出来事だった。初めからイスラエルの反逆だと説明していた所為で、賠償額を上乗せして支払う羽目になってしまったのだ。
「一夏君と篠ノ之博士を敵に回して、情報戦で勝てるわけないわよね」
「どれだけ隠そうと、あの二人ならどんなシステムでも解析可能ですからね」
「最悪相手国の人間を買収して情報収集させることだって可能でしょうしね。なんていったってISの生みの親と育ての親なんだから」
「現在も、日本政府からの要請に応えるべく、一夏さんは新たな専用機開発に勤しんでいますからね」
「政府は更識企業に要請してるつもりなんだろうけどね」
あくまでも、専用機は更識企業が造った事にしており、一夏個人で造った事を知っているのは、初めから更識に所属している碧や刀奈たち六人だけだ。後から所属となった、静寐やエイミィ、シャルは知らない事で、世間一般もまた同じである。
「とりあえず一夏さんにはなるべく仕事を回さないようにしなければいけません。ですからお嬢様、今から生徒会室に来ていただきます」
「えー! せっかく寛いでたのに~」
「それに、もうそろそろ黛さんが戻られる頃ですから、話の続きは生徒会室でするしかないんですよ」
「それじゃあ、虚ちゃんが淹れてくれた紅茶が飲みたいわ。それが条件よ」
「畏まりました、お嬢様。それでは生徒会室へ向かいましょう」
虚は更識に仕えていると同時に、刀奈の専属でもある。だから給仕などを申し付けられれば、基本的にはそれに応えるのだった。ただし、紅茶を淹れる以外の事は得意ではないので、一夏からなるべくやらないようにと釘を刺されていたのだった。
日付間違えた……