各国の代表との練習試合を終えて、やはり篠ノ之博士が開発した「暮桜」と「明椛」は別格、そして一夏君が開発した「木霊」もまた、世代差で他国を圧倒した。
「本番を前にして、早くも日本が優勝だと騒いでいるな」
「IS発祥の地だと豪語するだけはあると言われている」
「世界的に見ても、日本がIS発祥の地だと認められているんだから、豪語って言い方は無いんじゃない?」
日本代表である織斑千冬・千夏姉妹と小鳥遊碧は、模擬戦で無敗記録を更新中であり、三人のデータ収集の為に何度も挑まされている代表もいた。それくらい日本の三代表の実力はずば抜けており、既に戦意を喪失している代表も中には見受けられる状態だった。
そんな中モンド・グロッソの本戦が近づいて来て、各国首脳たちはピリピリした空気を纏いながら腹の探り合いをしていたのだった。
「おい小鳥遊、一夏の安全は確保されているんだろうな」
「もし応援に来ていた一夏に何かあったら、わたしと千冬が更識家と一夏に害をなそうとした国を滅ぼす事になるからな」
「大丈夫よ。一夏さんは観戦には来ないだろうし」
「「何故だ! お姉ちゃんの活躍を見に来ないのか!?」」
「……一夏さんの中では、貴女たちは顔見知り程度だし、人ごみを嫌う一夏君が、世界大会であるモンド・グロッソの会場に来るわけないでしょ」
本当の理由は、テレビで観戦出来るので、わざわざ危険を伴う場所へ足を運ばせなかったのだが、その事は二人に伝えるべき事では無いので黙っていた。
『一夏さんは来たがってましたけどね』
「(仕方ないでしょ。一夏さんに万が一があったら、私だって大会どころじゃないんだし)」
『そうですね。何かあったら私だって貴女の意志を無視してでも一夏さんを救出に向かいますよ』
「(さすがに操縦者の意志は尊重してよ……それかせめて確認を取ってから行動してほしいわね)」
一夏個人の意志は、今回に限り黙殺された形なのだが、一夏も周りに迷惑を掛けると分かっていたので無理にとは言わなかったのだ。
『あの歳で、一夏さんは色々と我慢しているんですね』
「(もう少し我が儘を言っても良い気がするけど、一夏さんは周りに迷惑をかけたくない、更識家から追い出されたくないって思ってるみたいなのよね)」
『誰も一夏さんを追い出そうなんて思って無いんじゃないんですか?』
木霊の言うように、更識家から一夏を追い出そうなどと考えている人間はいない。まだ周りの大人には懐いていないが、刀奈たちや碧には懐いているし、一夏が懐いている人間の側にいる時の笑顔に、周りの大人たちはひっそりと癒されているのだ。
「(一夏さんは記憶が無い分、大人が何を考えているかなんて分からないのよね……元々両親がいなかった、ってのも関係してるのかもだけど)」
『身近にいた大人があの織斑姉妹と篠ノ之博士ですからね……記憶があったとしても、大人なんて信用していなかったのではないでしょうか』
木霊の身も蓋もない言い方に、碧は無意識に織斑姉妹へと視線を向けていた。ISに関してだけならば尊敬に値するだろうあの二人も、私生活ではダメダメなのだと、ここ最近理解していたからこその視線だったのだが、その視線に込められた意味を正確に理解出来る人間は、この場には存在しなかった。
いよいよモンド・グロッソ開幕が近付いて来て、一夏の通う小学校でもその話題で盛り上がっていた。四年生になっても、何の因果か篠ノ之箒と同じクラスだった一夏は、出来る限り近寄らないように生活しているのだが、箒の方から話しかけてくるのだった。
「一夏、千冬さんや千夏さんは勝てると思うが、あの小鳥遊とかいう人はどうなんだ? 姉さんが開発したISじゃないようだが、更識の技術力とやらは世界に通じるのか?」
このように、一夏に話しかける話題が無いのか、本人が嫌っているISの話題を一夏に振っている箒。周りの人間も、箒が篠ノ之束の妹である事は知っているし、一夏が日本代表の弟である事は知っているので興味を示している。したがって、誰一人として、一夏を助けてくれる人間はいなかったのだ。
「知らないよ……僕はその代表の二人の事を良く知らないし、篠ノ之博士が造ったISがどの程度なのかも聞いてないもん。世界とかは興味が無いし、碧さんだって代表に選ばれたんだから、その二人にだって引けを取らないと思う」
「そのなよなよした態度はどうにかならんのか! こうなったら放課後は私の家でみっちり稽古をつけてやる!」
「僕に構わないでよ……そもそも何で篠ノ之さんは僕に馴れ馴れしいの?」
「私はお前の幼馴染だからな!」
「僕は覚えてないし、周りからもあまり関わらない方が良いって言われてるんだけど」
更識の人間から見ても、今の一夏に箒と関わるのは良くないと映っている。したがって護衛の人間が口々にするのは「篠ノ之箒と密に関わらない方が良い。一夏さんの身が危ないから」と聞かされているのだ。
そんな事情は知らない箒は、掃除用具入れからモップを取り出して一夏に向かって振りかぶった。
「お前は、幼馴染と私とその更識の人間、どっちを信じるんだ!」
「更識の人……だって、篠ノ之さん、怖いもん……」
一夏がハッキリと言い切ると、周りの子供たちも頷いた。篠ノ之箒は怖い、それがクラス中の評価であり、正しい評価だったのだ。
「き、貴様! 幼馴染に向かって怖いとはなんだ! 一から根性をたたき直してやるからそこに座れ!」
モップを振りかぶり、まさに振り下ろそうとしたタイミングで、篠ノ之箒はどこからか現れた更識家の人間に確保され、意識を刈り取られたのだった。
箒が箒を持つじゃ分からないから、モップにしました