シャワー室で汗を流した一夏を待ち構えていたのは、ISスーツから着替えもせず、汗も流していない織斑姉妹だった。
「な、なんでしょう……」
「一夏、何故私の攻撃を全て避けることが出来た。前までのお前は、あそこまで正確に相手の動きを読むことが出来なかったはずだぞ」
「わたしの不意打ちも完璧に躱しただろ。完全に隙を突いたと思ったのだが」
「説明してもいいですが、その前に着替えたらどうです? いくら貴女がたが人間離れした体力の持ち主だといっても、そのままでは風邪をひきますよ」
一夏の記憶の限りでは、織斑姉妹が風邪をひいたり、体調を崩した事など無いのだが、常識的に考えての忠告だった。
「一夏はお姉ちゃんを心配してくれるのか」
「優しい弟だ。よし、頭を撫でてやるからこっちにこい」
「お断りします。ちょうどシャワー室の前にいるんですから、汗だけでも流してきたらどうですか」
織斑姉妹の横を通り過ぎながら、一夏は捨て台詞のようにそんなことを言う。
「だが私たちは着替えを持ってきてないぞ」
「別に全裸でもわたしたちは構わないがな」
「気にしてください……戸籍上は姉弟とはいえ、ほぼ交流の無い相手の裸を見たくはありませんので」
今度こそその場を去っていった一夏を見送った織斑姉妹は、とりあえず部屋に戻って着替えを取りに行ったのだった。
一夏の動きが気になっていたのは、何も織斑姉妹だけではなかった。部屋に戻って来た一夏を出迎えたのは、何時ものメンバーにナターシャらを加えた、あの試合を見学していた人と、一緒に戦った碧だった。
「随分と大所帯ですね……」
「一夏君の動きが鋭すぎたのが気になったのよ。ドーピングでもしてたんじゃないかって」
「そんなことしませんよ。新武装を試してただけです。そのせいでかなり疲れましたが」
「新武装? 確か一夏さん、デュノア社でも開発させてましたよね? それとは違うんですか?」
企画の大半を知っている虚が一夏に尋ねると、刀奈と本音が興味津々の目で一夏を見る。
「その新武装って、私たちも試していいのかな?」
「面白そうな武装なら、VTSでも使いたいな~」
「今日試したのを使えるのは、多分香澄さんだけでしょうね。俺でも厳しいくらいの情報量でした」
「私、それほど脳内処理が早いわけじゃないですけど」
「相手の本音が読める、つまり気持ちが分かるだけで、余計な情報はカット出来ますからね」
そこまで話したところで、ようやく織斑姉妹が部屋にやって来た。
「一夏、説明を求める」
「何だ、お前たちもいたのか」
「遅かったですね。まぁ、今話した通り、今日試してたのは先の動きを見ることが出来る武装だ。まぁ、数十から数百のパターンから正解を導き出すため、かなり脳に負担がかかるのが難点ですが」
「つまり、一夏君が使えば数百パターンの未来が、日下部さんが使えば数パターンの未来になるって事かしら?」
静寐の問いかけに、一夏は満足そうに頷く。すべてを説明する前に理解してくれる静寐の存在は、一夏にとってとてもありがたかった。
「まだ試作品だから数百ものパターンがあるが、俺が使っても三十~五十の間に出来れば、香澄さんなら二、三パターンで済むだろうからな。無論、完成したらVTSでテストしてもらうが」
「じゃあじゃあいっちー、私が使ったら、どれくらいの未来が見えるの~?」
「本音だと数百で済むかどうか……いや、野生の勘があるから必要ないだろ。未来なんて見なくても、お前は攻撃を躱すことが出来るんだから」
「おね~ちゃんや刀奈様のは無理だよ~? あと、碧さん相手じゃ逃げる間もなくやられちゃうし」
「それは俺も同じだ。さらに俺は、お前や簪、美紀相手でも躱すのが精いっぱいで反撃など出来ん」
そこまで説明したところで、一夏の携帯に着信を告げるメロディーが流れた。
「ちょっと失礼……はい、更識です」
『いっくん、あの武装のデータ、束さんにもくれないかな~?』
「また覗き見してたんですか? あれはまだテスト段階ですので、束さんにも教えるわけにはいきませんよ」
『マドマドとは別のテストパイロットを手に入れたから、その子で試そうと思ってたのに~。まぁ、家事の一切をやってくれてるから、その子でテストするつもりはあまりないけどね~』
「どっちなんですか……てか、まだ自分で家事をするつもりが無いんですか?」
『あるわけないよ~。あんなこと、束さんがする事じゃないしね』
「全国の主婦と主夫の方々に謝れ! てか、マドカから聞きましたが、束さんのラボは足の踏み場がないらしいですね」
マドカからの情報だと一夏が告げると、通話が切れて今度はマドカの携帯が鳴った。
「はい……ですから束様、ご自身でお掃除などをした方が良いと申し上げたはずです。いくらクロエ様が料理以外が得意であってもです……え? はい、分かりました……」
何かを言われたのだろう。マドカは一夏に気まずそうな表情を見せた。
「どうかしたのか?」
「兄さまに代わってほしいと。最後に言いたいことを言い忘れたとかでして……」
マドカから手渡された携帯で、一夏は束の言い訳を聞くつもりだった。
『言い忘れてたけど、あの武装は世に出しちゃダメだよ? 便利すぎる物は人を堕落させるからね』
「既に堕落してる貴女に言われたくはないでしょうね、あの武装も」
『ひど~い! まぁ、忠告はしたし、いっくんならそんなことしないって信じてるからね。それじゃ~ね!』
言いたいことを一方的に言って、束は通信を切ったのだった。一夏はため息を一つ吐き、携帯をマドカに手渡したのだった。
やはり織斑姉妹は変態だった……