ピットに移動した碧は、一夏が冷静さを取り戻しているかを確認するために話しかけた。
「一夏さんが直接お仕置きを実行するなんて珍しいですよね」
「あくまで新武装のテストをしたかっただけですし、織斑姉妹が相手なら、興味深いデータも採れそうですし」
「あれ? それじゃあお仕置きというのは……」
「それは本当です。俺も少しは動いておかないと、闇鴉が不貞腐れそうですし」
「そんなことは無いですよ。確かに、最近出番が少ないな、とは思ってましたが」
「夏休みなんだ。実習が無い限りお前を動かすことは無いからな」
代表でもなければ候補生でもない、ましてや候補生を目指す身でもない一夏がISを動かす機会は、授業を除けば数えるくらいしかない。一夏の説明に闇鴉は一応納得して見せたが、何処かつまらなそうに碧には見えたのだった。
「それで、新武装って何ですか? 一夏さんがテストするって事は、武器じゃないですよね?」
「香澄さん用に開発してみたんですが、他の人間も使えればかなり有利になりそうでしたので、まずは俺が試してみようと思ったんですよ。自分で試せば、ダメだった時もすぐに諦めがつきますし」
「とりあえず、相手は元世界最強コンビですし、瞬殺だけはされないようにしてくださいね。さすがの私も、一対二で織斑姉妹に勝てる、なんて思ってませんから」
「一人は引きつけておきますから、思う存分痛めつけちゃってください」
「……一対一でも厳しいわよ」
一夏の邪気の無い笑みに、碧は逆に戦慄を覚えたのだった。
アリーナに出てきた四人を確認した刀奈は、開始の合図の為にブザーを鳴らした。その直後、千冬が一夏目掛けて瞬間加速を使い間合いを詰めた。
「相変わらずね、千冬さんの瞬間加速からの零落白夜は」
「でも刀奈様。いっちーは完全に読んでたみたいですよ~」
「一夏君、攻撃が来る方向が分かってたみたいでしたね」
静寐の言うように、一夏は千冬の攻撃がどの方向から繰り出されるのかを、目で確認する前に理解していたような動きを見せた。
「一夏君も、私みたいに相手の気持ちが読めるんですか?」
「そんな特技は無かったと思うけど……表情から読み取ることはあっても、心を読めるまではいかなかったと思うし」
「小鳥遊先生と千夏先生の戦いも、やはり次元が違いますね……やっぱり私、場違いじゃないかな?」
「キヨキヨも頑張ってるとは思うけどね~」
独特な呼び名で清香を呼ぶ本音に、この場にいる全員が和んだ。だがそんな空気も、モニターに映し出される激しい戦いのお陰で吹き飛んでしまった。
「ナターシャさんから見ても、この戦いは凄いんですか?」
「凄いなんてものじゃないわよ……軍でもこんなハイレベルな訓練なんて見たことないわよ」
「でも刀奈様、いっちーの動き、今日はやけに正確じゃないですか~? 何時もみたいに反射神経だけじゃなく、何か別の物で補ってるように感じるんですが」
「そう? 確かに一夏君が千冬さんの動きに圧倒されてる感じは無いけど、一夏君に攻撃を当てるのは私たちだって苦労するんだから」
「そうですけど~……何か面白そうな武装でも作ったのかな~?」
野生の勘、ではないが本音はこういった嗅覚に優れており、他の人間が気づかない些細な違いに気づいたりするのだ。だが、普段の行いから、それを信用されないのが残念な所だが。
「今の一夏君の動き、千夏さんが撃ってくるのが分かってたわね。本音の勘が当たったのかしら」
「小鳥遊さんと互角に戦いながら、一夏さんを的確に狙える千夏さんの射撃技術もさすがですね」
「ISだけなら尊敬できるって、いっちーがぼやいてたのも頷けるね~」
それを本音が言うなと、刀奈は心の中でツッコミを入れた。瞬間加速からの零落白夜を何度も繰り返す所為で、暮桜のSEはみるみる消費されていき、ついには千冬は戦闘不能になった。
「今のカウンター、さすが一夏君ね」
「突っ込んできた暮桜の動きを利用した攻撃、これが一夏君の戦い方なんですか?」
「色々な戦い方をするからね、一夏君は。セシリアちゃんとの戦いで見せた、姿を消しての射撃や、今回のように相手の動きを利用したカウンター、さらには開幕速攻なんてパターンもあるわよ」
「いっちーは前から刀奈様や、かんちゃんや美紀ちゃんの為に、様々な行動パターンで模擬戦相手をしてたからね~」
千冬が戦線離脱した所為で、均衡は破られて一夏・碧ペアが勝利したのだった。
模擬戦が終わり、ピットに戻った一夏は、物凄い汗を掻いていた。
「凄い汗ですね。さすがの一夏さんも、織斑千冬相手じゃ緊張したのですか?」
「いえ……この新武装、脳で処理する情報が多すぎて疲れるんですよ……やはり香澄さんのように相手の行動が読めないとキツイですね……」
「それって結局どんな武装なんですか? 戦いを見た限りでは、よくわからなかったんですが」
碧の疑問に、一夏は上がっていた息を整えて説明を開始した。
「ちょっとした未来予知が出来る武装です。香澄さんの特殊能力からISの性能を考えて、その二つが合わされば使えるかと思い作ったものですが、やはり一般人にはキツイものがありました。他のISに搭載は出来そうになかったですね」
「未来予知、ですか……だから今日の一夏さんの動きには迷いが見られなかったんですね」
「まぁ、フェイントの心配がない分楽でしたが、その分物凄い情報量ですから、疲れました」
碧に一礼して、一夏はアリーナにあるシャワー室へと向かったのだった。
汗だくの一夏……変態が興奮しそうな感じだ