暗部の一夏君   作:猫林13世

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楽しみなのはわかるが……


ゲームの魔力

 一夏との待ち合わせ場所である喫茶店に、鈴は一時間近く早く来ていた。

 

「あちゃー……興奮しすぎね、あたし。いくら『あの』更識企業に行けるからって、一時間も前に来ても仕方ないじゃない」

 

 

 全世界の憧れであり、どの企業からも中を見たいと言われている更識企業の内部に入れるとあって、鈴はテンションが上がっていたのだった。もちろん、凄さがあまりわからない弾と数馬はまだ来ていないし、そこの人間である一夏が高いテンションでやってくるとも思ってはいなかった。

 

「とりあえずお茶でも飲みながら気を落ち着けましょう……」

 

「意外と遅かったな、鈴」

 

「え? 一夏っ!? 何でここに……」

 

「仕事の合間だ。鈴の事だから興奮して早く来るだろうと思ってな」

 

「くっ、言い返せない……」

 

 

 コーヒーを飲みながら、冷静に鈴の行動を分析する一夏に、鈴は素直に脱帽した。

 

「それで? 早く来たあたしを、早めに更識企業の中に入れてくれるの?」

 

「別にいいけど、入れるのはサンプル筐体が置いてある場所だけだからな? 他の所を見学したいとか言われても無理だから、それを理解してるなら構わない」

 

「マジっ!? よし、今すぐ行こう!」

 

「……せめてオーダーを取りに来た店員さんの立場を考えてから行動しろ」

 

 

 入って何も頼まずに出ていく客を、店側がどう思うか考えた一夏は、とりあえず鈴を座らせて注文させた。

 

「落ち着くんじゃなかったのか?」

 

「この前ゲーセンで出来なかったからね。一夏が相手してくれるの?」

 

「対戦だけじゃないからな、あれは……元々の使い道は、鈴だって知ってるだろ」

 

「えぇ……復習を兼ねて使ったことあるしね。アリーナが使えないときは、学園にあるVTSを使うから」

 

「まぁ、本家とは若干使い方が違うけどな」

 

 

 運ばれてきた紅茶を一気に飲み干し、鈴は席から立ちあがる。

 

「さぁ、行きましょう」

 

「一気飲みかよ……まぁいいけど」

 

 

 立ち上がり、鈴の伝票もまとめてレジに持っていく一夏。鈴は当然の如く見送ったが、一夏が払い終わった後で奢ってもらった事実に気が付いた。

 

「あれ? あたし今、一夏に奢ってもらった?」

 

「あれくらい構わない。それとも、俺に借りを作るとでも思ったか?」

 

「うっ……ごちそうさまでした」

 

 

 一夏のちょっと悪い笑みを見て、鈴は素直にお礼を言った方がいいと理解してお礼を言う。

 

「冗談だ。さっ、中に入るぞ」

 

「えっ? ちょっと一夏!」

 

 

 当たり前のように更識企業に入っていく一夏の背後を、若干慌てながら鈴が追いかける。社員証が無ければ入れないはずなのだが、一夏が受付に二、三言話しただけで、鈴は中に入ることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束の時間になると、弾と数馬がビルの入り口前にやって来た。

 

「でけぇ……これが更識企業のビルか……」

 

「どうやって入るんだ? 一夏に電話すればいいのか?」

 

「とりあえず中に入って、受付で聞いてみるか」

 

 

 一歩中に入ると、そこには別世界が広がっていた。

 

「何……この空気?」

 

「さ、さぁ……お前が受付で聞いて来いよ」

 

「いや、お前が行けって」

 

「何入口で不審者やってるんだよ……」

 

「「あっ、一夏」」

 

 

 奥から現れた悪友に、弾と数馬は一安心したように胸をなでおろす。

 

「受付から『不審な男子二名が入り口前にいる』って報告された俺の身にもなれよな……それが知り合いだと説明しなきゃいけない俺の」

 

「何で嫌そうなんだよ!」

 

「てか、鈴はどうしたんだよ? あいつが遅刻か?」

 

「あぁ、鈴ならもう中で遊んでるぞ。一時間前から」

 

「「はぁ!?」」

 

 

 声を揃えて驚く二人に、一夏が事の説明を始める。鈴の性格を知っている二人は、その説明で納得がいったのだった。

 

「とりあえず入れよ。鈴にも言ったが、不審な動きを見せた時点で拘束して訊問するから、そのつもりで」

 

「こ、こえぇよ……てか、IS企業の中を見たって、俺やこいつには理解できないだろうしな」

 

「そうだな。高校の授業も理解してないようだしな。補習、終わったのか?」

 

「な、何で一夏がその事を……」

 

「鈴に聞いた。てか、中学時代から赤点すれすれだったんだろ?」

 

 

 珍しく普通に笑う一夏に、受付の女性が見とれている事に、残念ながら誰一人気づかなかった。まぁ、弾と数馬が気づいたところで意味は無いが、彼女の気持ちが一夏に伝わる可能性はあったのだ。

 

「ところで、俺たちはなんて名目で中に入れてるんだ?」

 

「ん? 『一応』友人という名目で入れている。ただ、普通はそんなこと出来ないから、次遊びに来ても入れないからな」

 

「了解。てか、一応にアクセントを置くな」

 

 

 そんなことを喋りながら、一夏に連れられた二人もゲーム筐体が置かれている部屋に到着した。

 

「うりゃ! このぉ! うわぁ!? や、やられた……」

 

「何一人で盛り上がってるんだよ」

 

「てか、普段以上に口がわりぃなんて……」

 

「あぁ!? ……って、馬鹿二人か。遅かったわね」

 

「時間通りだ。お前が早かっただけだろ」

 

 

 一夏のツッコミに、鈴が時計を見た。

 

「まだ一時間しかやってなかったのね……てか一夏、これサイコーね!」

 

「専用機持ちもハマる! って銘打っていいか?」

 

「構わないけど、これ以上稼ぐ気?」

 

「儲かってるのは企業であって、俺個人じゃないんだが。まぁ、開発担当として、それなりに回っては来るが」

 

 

 この後二時間、鈴と弾と数馬でひたすら敵を倒すモードで遊び、途中で一夏が席を外したのにも気づかないほど熱中したのだった。

 

「そろそろ休憩したらどうだ? 二時間ぶっ通しはさすがにやり過ぎだ」

 

「え? もうそんな時間?」

 

「一夏、これ面白れぇな!」

 

「販売してないのか?」

 

「してるが、高校生が――てか、個人が買える値段じゃねぇぞ」

 

 

 カタログを数馬に見せ、三人は驚愕の声を上げたのだった。




子供みたいだ……色々と

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