暗部の一夏君   作:猫林13世

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ある意味グッドタイミングかも……


バッドタイミング

 部屋に戻った一夏は、珍しく碧にしがみついた。

 

「一夏さん? どうしました?」

 

「少し……このままで」

 

 

 自分の限界をよく理解している一夏が、おそらく訪れるであろう限界に備えて、碧にしがみついたのだった。

 

「……こわかった、あのお姉ちゃん」

 

「一夏さん……やはり初対面相手だとこうなっちゃいますか」

 

「それだけじゃない……と思うんだけど」

 

「他にも何か原因が?」

 

 

 幼児退行を起こし、碧にしがみつきながら震える一夏だったが、思考はまともに働いているようだった。

 

「上手く言えないんだけど、あのお姉ちゃんと似た空気を、どこかで感じたような気がする……思い出せないけど」

 

「似た空気? まぁ、彼女はIS学園の生徒ですし、一夏さんがどこかですれ違っていても不思議ではないですけど、そういったことではないんですよね?」

 

「………」

 

「一夏さん?」

 

 

 問いかけに返事がなく、不思議に思った碧が一夏の顔を覗く。

 

「寝ちゃったんですね……いろいろと忙しくて、睡眠時間も確保出来ませんでしたからね」

 

 

 加えて、せっかくの休みに早朝から刀奈に起こされたのだから、寝てしまっても不思議ではない。まして今の一夏は幼児退行を起こしているのだ。普段より我慢強くなくても仕方がないのだった。

 

「これ、どうやって説明しましょう……」

 

 

 しがみついたまま寝てしまった一夏を見ながら、碧は刀奈たちにどう言い訳するべきか頭を悩ませたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なかなか戻ってこない碧を迎えに、簪と美紀は一夏の部屋を訪れることにした。

 

「私の部屋でもあるんだけどね」

 

「? 何のこと?」

 

「一夏さんを迎えに『一夏さんの部屋に行って』って刀奈お姉ちゃんに言われたでしょ? あの部屋、一応私も生活してるからさ」

 

「あぁ……まぁルームメイトだしね」

 

 

 当然、部屋の鍵も持っているので、美紀は何の疑いもなく部屋の鍵を開けて中に入った。

 

「一夏さん、刀奈お姉ちゃんが……」

 

「美紀、どうか……また、碧さんなんですか?」

 

「ちょっと待ってよ、簪ちゃん。私の言い分も聞いてほしいな、なんて……」

 

「その場所を代わってくれるなら、聞いてあげてもいいですよ」

 

「簪ちゃん……目が本気だよ……」

 

 

 一夏にしがみつかれながら、身動きが取れなかった碧は素直に簪に謝罪をし、今の状況を説明することにした。

 

「……それで、その先輩の素性は?」

 

「アメリカの代表候補生で、やけに一夏さんに近づこうとしていました」

 

「今更、ですか? 入学早々ならまだ分かりますけども、夏休みも半分以上終わったこの時期に?」

 

「一夏さんもそこを気にしていました。それから、幼児退行を起こした後に言われた事なので、確証はありませんけど、一夏さんは彼女が纏っている空気を『知っている』と感じたらしいです」

 

「同じ学園の先輩だし、どこかで感じたことがあるんじゃなくて?」

 

 

 簪の反問に、碧は静かに首を横に振った。今大げさに動けば、一夏が起きるかもしれないという考慮からだ。

 

「どうやら違うみたいでした。まぁ、その答えを聞く前に寝てしまったんだけどね」

 

「ん……? うわぁ!?」

 

「おはようございます、一夏さん。早速で悪いですけども、あちらにいる簪ちゃんを宥めてもらえるかな?」

 

「簪? ……何で怒ってるんだ?」

 

 

 一眠りしたお陰か、一夏は幼児退行から復活していた。だが、まだ寝不足は解消されていないのか、碧から離れてすぐに、足元をおぼつかせた。

 

「おっと」

 

「一夏、大丈夫?」

 

「あ、あぁ……悪い、簪。大丈夫だ」

 

 

 支えてくれた簪にお礼ともとれる謝罪をし、一夏はしっかりと立ち上がった。

 

「それで、なんで不機嫌なんだ?」

 

「一夏さんが私か碧さんにばっかり抱き着くからですよ」

 

「そんなこと言われても……護衛である二人がいる時に幼児退行を起こすんだから、仕方ないんじゃないか? 簪はそこまで俺と行動を共にしてるわけじゃないし……」

 

 

 一夏としては、幼児退行しているから、あるいはしそうだから抱き着くのであって、自分の意思はそこに介在していないと主張している。比較的は慣れてきているので、最近では学園の普通の女子生徒相手なら、幼児退行を起こすことも無くなってきているで、簪や刀奈、虚にしがみつくような場面はめっきり減っていからだともついでに主張した。

 だが、簪たちの嫉妬は理屈ではなく、単純に一夏にしがみつかれている美紀や碧が羨ましく、自分にもしがみつくべきだと主張しているだけなのだ。

 

「幼児退行してないときに抱き着いたら、変じゃないか?」

 

「変じゃないよ! それに、私たちは家族なんだから、ハグくらい普通でしょ?」

 

「……少なくとも、更識はそんな欧風な挨拶が普通な家では無かったと思うが」

 

「良いから!」

 

 

 簪の勢いに負けて、一夏は簪を抱きしめることにした。普段は自分が抱き着く、しがみつく方なのだが、今日は自分が抱き着かれることに、一夏は若干の抵抗を覚えたが、簪の剣幕の前に諦めたのだった。

 

「一夏君、おそ……い?」

 

「お嬢様、どうなさいまし……た?」

 

「兄さまと簪が抱き合っている!?」

 

「ほえ~、あの奥手なかんちゃんがいっちーに抱き着くなんて~。ズルいから私も~」

 

 

 タイミングというのは、悪い時はとことん悪いのだろう。簪に抱き着いた――抱き着かせたタイミングで、来るのが遅いと文句を言いに来た刀奈たちが部屋に入って来たのだった。そして、マドカの大声に反応したのか、織斑姉妹の気配もこの部屋に近づいているのだった。

 一夏はどう処理したものかと頭を悩ませていたが、織斑姉妹以外は簪と同じことをすれば大人しくなることは分かっていた。だが、自分の気持ち的に、その行動を取らずに解決できないかと悩ませているのだった。




一夏に甘えられたい人々……

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