暗部の一夏君   作:猫林13世

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ゆっくりとですが、進めていかないと


不穏な影

 鈴たちとの約束の前日、一夏はいつも通り刀奈たちと過ごしていた。

 

「一夏君」

 

「何でしょう?」

 

「さっきみたいに呼んでほしいな」

 

「勘弁してください……」

 

 

 美紀が録音していた音声を聞かされて、一夏は自分が寝ぼけていたことを知った。そして、自分がだいぶ疲れていたんだと言う事も自覚したのだった。

 

「お姉ちゃんや本音だけズルいよ! 一夏、私の事も昔みたいに呼んで!」

 

「そんなこと言われてもな……寝ぼけてる時の事だからな……完全に起きてる時に呼べと言われても……」

 

「今日は何して遊ぼうかしら?」

 

「刀奈ちゃんはいつも通りね」

 

「碧さん、何か分かりましたか?」

 

 

 先日のデュノア社に売り込みに来た「みつるぎ」の事を調べていた碧は、残念そうに首を左右に振った。

 

「ダメですね。いくら調べても背後関係は分かりませんでした」

 

「企業としては? 稼働しているのですか?」

 

「相変わらずのペーパーカンパニーですね」

 

「日本政府への報告は?」

 

「今の腐りきった政府では、何も対処してくれません。おそらく、みつるぎのバックにある組織から、かなりのマージンを受け取っているのだと思います」

 

 

 碧からの報告を受け、一夏は短くため息を吐いた。元々政府になど期待していなかったのだが、ここまで腐りきっている可能性を聞かされて、さすがの一夏も呆れを通り越してため息しか出なかったのだ。

 

「傀儡政権だとは思っていましたが、本当に腐っているとは……」

 

「それから、これは無関係だとは思いますが」

 

「まだ何か?」

 

「日本政府御用達になるはずだったIS企業、倉持技研が倒産しました」

 

「倒産? 技術者たちは?」

 

「不明です」

 

「……分かりました。碧さんは更識の人たちに業務を引き継いでください。みつるぎと倉持の件は、他の人に探ってもらいましょう」

 

 

 休日でも仕事に事欠かない一夏は、周りで刀奈たちが騒いでいてもお構いなしに思案に耽っていた。

 

「いっちー!」

 

「っ!? な、何だ」

 

「VTSでトーナメントするらしいから、私のパスワードを教えて~」

 

「あ、あぁ……ほら、失くすなよ」

 

 

 本音のIDパスワードが書かれた紙を手渡し、一夏はその場でもう一度考えを巡らせようとして――

 

「いっちーも参加するんだよ~」

 

 

――本音に手を引っ張られVTSが置かれている部屋に向かうことになった。

 

「本家を筐体の代わりにするとは……」

 

「まぁまぁ、私たちにとって、訓練も兼ねてるんだからさ」

 

「別にいいですけど、このメンバーなら更識の屋敷にある試作機でも良いわけですし、わざわざ学園で遊ぶ必要はないと思うんですけど」

 

「屋敷に帰る暇がないからね。それも、一夏君が一番忙しいんだし」

 

「まぁ……そうですね……? 誰かいたようですね」

 

 

 VTSが置かれている部屋に入るなり、一夏は人の気配を感じた。だが、現在進行ではなく少し前までここにいた、という感じだった。

 

「誰か使ってたのかな?」

 

「今日は誰も使用申請していないはずですが……虚さんは聞いてますか?」

 

「いえ、私も申請があったとは聞いていません」

 

「一夏、この機体のシステムにアクセス履歴が残ってるよ」

 

 

 簪に言われ、一夏は履歴から誰が使っていたのかを調べることにした。

 

「システムにアクセスしようとするなんて、何が目的だったんだ?」

 

「あれ? システムデータにアクセス出来るのって、一夏君と簪ちゃん、後は虚ちゃんの三人だけじゃなかったっけ?」

 

「メインシステムはそうですけど、難易度などのサブシステムには、学園のIDを持っていれば誰でもアクセスは出来ますよ」

 

 

 IDからアクセスしていた人間を探していた一夏だったが、途中でエラーの文字が表示された。

 

「……正規のIDでアクセスしたわけじゃないようですね」

 

「ハッキング?」

 

「産業スパイ、かもしれませんが、学園内に簡単に学生以外が入れるわけもありませんし……」

 

「つまり、スパイだとしたら、ここの学生だと言う事?」

 

「その可能性が高い。俺が入学する前のシステム管理は杜撰だったからな。メインシステムへの介入は無かったらしいが、それを調べたのが織斑姉妹だからな……鵜呑みには出来ない」

 

 

 とりあえずメインシステムに異常がない事を確認した一夏は、難しい顔で腕を組み考え込んでしまった。

 

「遊ぶ雰囲気じゃなくなっちゃったわね」

 

「悪いが俺は部屋に戻ります。みんなは遊んでても構いませんよ」

 

「いっちーが一緒じゃなきゃ意味ないよ~」

 

「そうか……じゃあPCを持ってくるから、それまで待っててくれ」

 

「一夏も参加するの?」

 

「解析しながらでも良いならな。その代わり、いつも以上に手ごたえは無いかもしれないぞ」

 

 

 一夏のPCなら、VTSのメインシステムを書き換える事も可能だ。だがしょっちゅう書き換えていては、いずれ限界が訪れる。そう思ってめったに書き換えはしないのだが、不審者と思しき相手がいる以上、カウンタークラックは充実させなければならない。

 

「学園にスパイが……? だが、一般企業のスパイとは考えにくい……そうなると、残る可能性は亡国機業……だが、学生レベルの操縦技術で戦力に数えられるのか? ……篠ノ之の件もあるし、可能性はゼロではないのかもしれないが……っ! 誰だ!」

 

 

 背後に気配を感じ、一夏はその気配に向けて叫んだ。

 

「あら怖い。後輩君、先輩に対してその態度は無いんじゃない?」

 

「貴女は?」

 

「三年のダリル・ケイシーよ。アメリカの候補生でもあるわ」

 

「すみません。一年、更識一夏です」

 

「知ってるわよ。それにしても、随分と可愛いわね」

 

 

 そういってダリルは、一夏に近づき抱き着こうとして――

 

「不純異性交遊は認められないわね」

 

 

――碧に腕をひねりあげられたのだった。




本家を代用として使うとは……

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