鈴たちとの約束の前日、一夏はいつも通り刀奈たちと過ごしていた。
「一夏君」
「何でしょう?」
「さっきみたいに呼んでほしいな」
「勘弁してください……」
美紀が録音していた音声を聞かされて、一夏は自分が寝ぼけていたことを知った。そして、自分がだいぶ疲れていたんだと言う事も自覚したのだった。
「お姉ちゃんや本音だけズルいよ! 一夏、私の事も昔みたいに呼んで!」
「そんなこと言われてもな……寝ぼけてる時の事だからな……完全に起きてる時に呼べと言われても……」
「今日は何して遊ぼうかしら?」
「刀奈ちゃんはいつも通りね」
「碧さん、何か分かりましたか?」
先日のデュノア社に売り込みに来た「みつるぎ」の事を調べていた碧は、残念そうに首を左右に振った。
「ダメですね。いくら調べても背後関係は分かりませんでした」
「企業としては? 稼働しているのですか?」
「相変わらずのペーパーカンパニーですね」
「日本政府への報告は?」
「今の腐りきった政府では、何も対処してくれません。おそらく、みつるぎのバックにある組織から、かなりのマージンを受け取っているのだと思います」
碧からの報告を受け、一夏は短くため息を吐いた。元々政府になど期待していなかったのだが、ここまで腐りきっている可能性を聞かされて、さすがの一夏も呆れを通り越してため息しか出なかったのだ。
「傀儡政権だとは思っていましたが、本当に腐っているとは……」
「それから、これは無関係だとは思いますが」
「まだ何か?」
「日本政府御用達になるはずだったIS企業、倉持技研が倒産しました」
「倒産? 技術者たちは?」
「不明です」
「……分かりました。碧さんは更識の人たちに業務を引き継いでください。みつるぎと倉持の件は、他の人に探ってもらいましょう」
休日でも仕事に事欠かない一夏は、周りで刀奈たちが騒いでいてもお構いなしに思案に耽っていた。
「いっちー!」
「っ!? な、何だ」
「VTSでトーナメントするらしいから、私のパスワードを教えて~」
「あ、あぁ……ほら、失くすなよ」
本音のIDパスワードが書かれた紙を手渡し、一夏はその場でもう一度考えを巡らせようとして――
「いっちーも参加するんだよ~」
――本音に手を引っ張られVTSが置かれている部屋に向かうことになった。
「本家を筐体の代わりにするとは……」
「まぁまぁ、私たちにとって、訓練も兼ねてるんだからさ」
「別にいいですけど、このメンバーなら更識の屋敷にある試作機でも良いわけですし、わざわざ学園で遊ぶ必要はないと思うんですけど」
「屋敷に帰る暇がないからね。それも、一夏君が一番忙しいんだし」
「まぁ……そうですね……? 誰かいたようですね」
VTSが置かれている部屋に入るなり、一夏は人の気配を感じた。だが、現在進行ではなく少し前までここにいた、という感じだった。
「誰か使ってたのかな?」
「今日は誰も使用申請していないはずですが……虚さんは聞いてますか?」
「いえ、私も申請があったとは聞いていません」
「一夏、この機体のシステムにアクセス履歴が残ってるよ」
簪に言われ、一夏は履歴から誰が使っていたのかを調べることにした。
「システムにアクセスしようとするなんて、何が目的だったんだ?」
「あれ? システムデータにアクセス出来るのって、一夏君と簪ちゃん、後は虚ちゃんの三人だけじゃなかったっけ?」
「メインシステムはそうですけど、難易度などのサブシステムには、学園のIDを持っていれば誰でもアクセスは出来ますよ」
IDからアクセスしていた人間を探していた一夏だったが、途中でエラーの文字が表示された。
「……正規のIDでアクセスしたわけじゃないようですね」
「ハッキング?」
「産業スパイ、かもしれませんが、学園内に簡単に学生以外が入れるわけもありませんし……」
「つまり、スパイだとしたら、ここの学生だと言う事?」
「その可能性が高い。俺が入学する前のシステム管理は杜撰だったからな。メインシステムへの介入は無かったらしいが、それを調べたのが織斑姉妹だからな……鵜呑みには出来ない」
とりあえずメインシステムに異常がない事を確認した一夏は、難しい顔で腕を組み考え込んでしまった。
「遊ぶ雰囲気じゃなくなっちゃったわね」
「悪いが俺は部屋に戻ります。みんなは遊んでても構いませんよ」
「いっちーが一緒じゃなきゃ意味ないよ~」
「そうか……じゃあPCを持ってくるから、それまで待っててくれ」
「一夏も参加するの?」
「解析しながらでも良いならな。その代わり、いつも以上に手ごたえは無いかもしれないぞ」
一夏のPCなら、VTSのメインシステムを書き換える事も可能だ。だがしょっちゅう書き換えていては、いずれ限界が訪れる。そう思ってめったに書き換えはしないのだが、不審者と思しき相手がいる以上、カウンタークラックは充実させなければならない。
「学園にスパイが……? だが、一般企業のスパイとは考えにくい……そうなると、残る可能性は亡国機業……だが、学生レベルの操縦技術で戦力に数えられるのか? ……篠ノ之の件もあるし、可能性はゼロではないのかもしれないが……っ! 誰だ!」
背後に気配を感じ、一夏はその気配に向けて叫んだ。
「あら怖い。後輩君、先輩に対してその態度は無いんじゃない?」
「貴女は?」
「三年のダリル・ケイシーよ。アメリカの候補生でもあるわ」
「すみません。一年、更識一夏です」
「知ってるわよ。それにしても、随分と可愛いわね」
そういってダリルは、一夏に近づき抱き着こうとして――
「不純異性交遊は認められないわね」
――碧に腕をひねりあげられたのだった。
本家を代用として使うとは……