暗部の一夏君   作:猫林13世

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彼は忙しいですからね……


寝ぼけの一夏

 フランスから帰国し、しばらくは生徒会と更識の書類整理に追われることになる一夏は、とりあえず生徒会室で書類に目を通していた。

 

「最近やけに訓練機の受注が多いですね」

 

「イギリスで強奪事件が起きる前からですし、戦力増強ではなさそうですね」

 

「一夏君も虚ちゃんも真面目ねぇ……私はまだ時差で眠いわよ……」

 

「別に寝ていても構いませんよ? その間、私と一夏さんが二人きりですけど」

 

 

 後半は刀奈だけに聞こえるように囁くと、刀奈は眠い目をこすりながら書類に目を通し始める。

 

「そんな展開だけは阻止しなきゃ」

 

「何の話です?」

 

「お嬢様は一夏さんが大好きだって話ですよ」

 

「ちょっ、虚ちゃん!?」

 

 

 自分から発言する分には恥ずかしくないのだが、他の人に言われると恥ずかしいらしい。刀奈は慌てて虚の口を押えようとピョンピョン跳ね回るが、虚は心得ているかの如く刀奈の手から逃げる。

 

「二人とも疲れてるなら休んでて構いませんよ? 俺がやっておきますから」

 

「いえ、簪お嬢様や美紀さんだって、遠征から戻ってすぐ織斑姉妹の指導を受けていますし、私たちも休んでいる場合ではありませんので」

 

「まぁ、本音みたいに帰ってきてすぐ寝て、いまだに起きてこないのも考え物だけどね」

 

「アイツはまぁ……仕方ないのではないんでしょうか。刀奈さんと一緒で、限界まではしゃいでぶっ潰れるタイプですから」

 

「あれは……久しぶりに一夏君と遊べてうれしかっただけで……普段はそんなことないんだからね」

 

 

 恥ずかしそうに顔を背けながら言い訳をする刀奈を見て、一夏と虚は思わず微笑んだ。虚は兎も角としても、一夏は年下なのに、なぜか年上っぽいのは、刀奈が子供っぽいのと関係あるのだろう。

 

「ん? 一夏君、電話だよ」

 

「そうみたいですね……リンからか」

 

 

 一夏は着信相手が悪友であることを確認して、刀奈と虚に断りを入れて生徒会室の外で電話を取った。

 

「どうかしたのか?」

 

『あっ、一夏? あんたの家にVTSゲーム機はある?』

 

「ゲーム機? あぁ、一般用に開発した筐体の事か。あるにはあるが、それがどうかしたのか?」

 

『いや~、思ってたより面白くてね~。この前弾と数馬と三人で遊んだ時に初めてやったんだけど、物凄いリアルね、あれ!』

 

「専用機を持ってるお前がゲームではしゃぐとは……」

 

 

 一夏の狙いとしては、IS学園を志す女子中学生を中心に流行ればいいと思っていたのだが、意外な事に男子や、操縦者適齢期を過ぎたOLたちにも人気なのだとの報告は受けていた。だがまさか専用機持ちまでもがハマるとは、さすがの一夏も思っていなかったのだ。

 

「てか、そんなことを聞いて、何がしたいんだ?」

 

『一夏君ん家に遊びに行きたいな~って話してたのよ』

 

「……次の休みは一週間後だぞ。その日はまた刀奈さんたちと遊ぶだろうし、その次の日で良ければ更識企業にある筐体を使って遊ばせることは出来るが……」

 

『よし決まり! 弾と数馬にはあたしから連絡しておくから!』

 

「くれぐれもはしゃぐなよ? 関係者パスを渡すが、最悪不審者として警察に突き出すから」

 

『……あんたが言うと洒落に聞こえないから怖いわよ』

 

 

 鈴からの電話を切り、一夏は悪友三人が会社にある筐体を使うから、その日はなるべく筐体を置いてある部屋には近づかないよう、社員たちに通達したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び全員の休みが重なり、何をしようかと楽しむ刀奈、本音、マドカの三人とは対象に、一夏、虚、簪、美紀の四人は少し疲れた表情を浮かべていた。

 

「みんなだらしないわね~。若いんだからシャキッとしなさいな」

 

「お嬢様や本音と違い、私たちは昨日夜遅くまで書類整理をしていたんです。もう少し休ませてください」

 

「てか、なんでもう着替えてるんですか……まだ四時ですよ?」

 

「いっちー、休日は遊ぶためにあるんだよ!」

 

「……字のごとく、休むためにあるんだよ」

 

 

 まだ半覚醒状態の一夏は、面倒くさそうにツッコミを入れ、再び舟を漕ぎ出した。

 

「一夏君がこんなに眠そうなのは珍しいわね」

 

「仕方ありませんよ。一夏さんが寝たのは三時ですから」

 

「碧さん……また音もなく現れて……びっくりしますよ」

 

「う~ん……もう少し寝かせてくれ……」

 

 

 さすがの一夏でも、働きっぱなしの次の日、一時間睡眠ではもたないだろう。彼の言い分はもっともだった。だが、遊びたい三人には、その言い分は通用しない。

 

「せっかく束様の所から帰って来たのですから、今日は兄さまと思う存分遊びたいです! 明日は兄さま、小学校時代のご友人たちとお遊びになるようですし」

 

「………」

 

「兄さま?」

 

 

 マドカが一夏を見ると、彼は立ったまま眠っていた。ただでさえ睡眠時間を削って、亡国機業について調べたり、更識所属の面々の成長データを打ち込んだりしているのだ。偶の休みくらいは寝たいのだろう。

 

「一夏君! 起きなさい!」

 

「もうちょっと、刀奈お姉ちゃん……」

 

「はぅ!?」

 

 

 寝ぼけているのか、一夏は昔の呼び名で刀奈を呼んだ。その呼び方は、刀奈にかなりのダメージを与える。だが彼女の顔は嬉しそうに――だらしなく緩んでいた。

 

「ずるい~! いっちー、起きるんだ!」

 

「本音ちゃんも、一緒に寝る?」

 

「寝る~!」

 

「……ん? 何してるんだ、本音?」

 

 

 本音が飛び込んだ事により、一夏は目を覚ました。立ったまま寝ていたので、飛びつかれたらさすがに目を覚ますのは分かっていたはずなのに、本音は我慢できなかったのだった。

 

「ん? 虚さんたちは何で睨んでるんです?」

 

「お嬢様や本音だけズルいです」

 

「一夏、今日は私たちの事を昔みたいに呼んでね」

 

「は?」

 

「寝ぼけてたとはいえ、あれは破壊力抜群ですからね」

 

「碧さんまで、何を言ってるんです?」

 

 

 一夏が首をかしげると、なぜか録音されていた先ほどの発言が、美紀の携帯から流され、一夏は赤面したのだった。




少しは休ませてやろうぜ……

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