今回の視察は二日の予定だったので、一夏はすでに帰り支度を済ませていた。だが、一夏たちに来客が告げられたのは、部屋を出ようとした時だった。
「アポなしの売り込み? 悪いが断ってくれ」
「でも一夏、業務提携を考えてるっていうし、無碍に扱うのは」
「何処の企業だって?」
「えっと……『みつるぎ』って言ってたよ」
「ああ、ISの装備開発の……あそこ、ペーパーカンパニーだって噂があったけど、ちゃんと働いているのか」
一夏が興味を示したのは、企業自体であり、売り込みにはさほど興味は示さなかった。
「業務提携とか言ったか? あそこって大した実績はなかったはずだから、提携は出来ないな。買収してもメリットは無いから、残念だが帰ってもらってくれ」
「分かったよ。それから、出来れば作業を見学したいとも言ってるんだけど」
「機密にならない部分なら構わないが、不審な動きをしたら……その時はシャルに任せる」
「う、うん……」
一夏が醸し出した雰囲気に、シャルは若干気圧されながら頷く。一高校生、ましてや女子に「人を消せ」という命令は、あまりにも酷だと言えよう。
「一夏は会わないの?」
「会う必要はないだろ。更識本社に来るならまだしも、その人はデュノア社に用があって来たんだから。デュノア社のトップは俺じゃない、シャルだ」
「まだ全然貫禄も、実感もないけどね。分かったよ。それじゃあテキトーに見学してもらって、不審な動きが無かったらそのままってことで」
一夏の部屋からシャルが去り、今まで一言も発さなかった碧が一夏に声を掛ける。
「どう思います?」
「ほぼ不審者で間違いないだろうな。みつるぎは調べた限りではペーパーでした。どこかの暗部組織が作った企業だと思っていましたが、何が目的なんでしょうかね」
「調べますか?」
「いや、それよりも本当に動いているのか、そっちを調べてもらいたいですね」
「分かりました。日本に戻り次第、早急に調べます」
数年前、一夏は日本に拠点を置くIS企業全社を調べつくした。その中には当然みつるぎも入っていたが、その時は活動していなかったと報告されている。だが今日、そのみつるぎの人間を名乗る人が売り込みに来たので、一夏はもしかしたらと勘を働かせたのだ。
「サイレント・ゼフィルスが強奪されてすぐに動いたみつるぎ……亡国機業と何か関係があるかもしれません」
「もし関係があるのだとしたら、一夏さんがあっておけば一発で分かったのでは?」
「関係なかった場合、更識にまで売り込みに来られるかもしれませんからね……そうなると面倒です」
「そうですか。では、そろそろ飛行機の準備が出来る頃ですので、空港に向かいましょうか」
「プライベートジェットって、どれだけ儲かってるんですかね、更識企業は」
「一夏さんのお陰で、IS訓練機シェア八割以上を占めてますし、アタッチメントも充実していますからね」
今や、他所の国でも国家代表には更識製の専用機を使わせたいと考えているなどという噂まで飛び交うくらいだ。儲かっていないわけがない。
「それじゃあ、帰りましょうか。刀奈ちゃんたちも、今日帰国だと聞いています」
「また『一夏分の補給』とか、訳の分からない事を言われなければいいんですが……」
完全に刀奈たちも、謎の「一夏分」が必須栄養素になってしまい、数日離れただけで過剰に接触してくるのだ。まだ耐えられるレベルだからいいが、そのうちエスカレートしないかと、最近の一夏は悩んでいたのだった。
デュノア社を軽く見学し、どの人材を攫うかの目星をつけたオータムは、外用の顔でシャルに挨拶をし、今日は大人しく帰った。
「あの元男装ヤロウ、誰の指示を受けたんだ?」
オータムは、見学の際のシャルの視線に気づいていた。気づいていながら、バレない程度に目星をつけていたのだ。
「まだまだ経験が浅いようだな。裏組織には向かないほど素直な視線だぜ、まったく」
そもそもシャルは裏世界の人間ではないので、オータムの感想は若干的外れなものだが、シャルが裏組織に向かないという事は、実は一夏も同意見なのだ。
「それにしても、機密に関われないってことは、大した技術力はねぇのか? そうなると攫っても大した戦力にはならねぇな……」
「そんなの事は、貴女の考える事ではなくてよ」
「スコール! てか、何時から聞いてた」
「そうねぇ……『あの元男装ヤロウ、誰の指示を受けたんだ?』の辺りかしら」
「最初からじゃねぇか!」
スコールの冗談に喰らいかかるオータムだったが、すぐにスコールが真面目な表情を見せたので、彼女も大人しく相手の出方を待った。
「デュノア社から攫わなくても、新しい技術者が得られるかもしれないわよ」
「どういうことだ?」
「日本にあるIS企業で、倉持技研って知ってるかしら?」
「確か、更識が台頭するまで日本代表及び候補生の専用機を担当するはずだった企業だろ? だが思いのほか更識の成長が早かったから、結局下請け程度の仕事しか出来なかったって聞いてるぜ」
「そうね。その倉持技研の重役が、私たちの理想に共感してくれてね。洗脳しなくても使えそうな駒が手に入るかもってわけ」
スコールの報告に、オータムは微妙な表情を浮かべる。
「あら、嬉しくないの?」
「どうせなら、オレが偵察に行く前に言ってほしかったぜ。外用の顔はいろいろ疲れるんだ」
「あら、私は好きだけどね」
スコールの返しに、オータムは照れた。だがそれを覚られないように、オータムは大声で反論する。
「スコールが好きとか嫌いとか、そんなのは関係ねぇんだよ! とにかく、あの顔は疲れるからもうやらねぇからな!」
「それは困ったわねぇ……来る一夏誘拐作戦の実行には、あの顔が必要なのに」
本気で困って見せるスコールに、オータムは複雑な思いで「あと一回だけなら」と言ってしまったのだった。
まともな技術者がいるかは知りませんけど……