暗部の一夏君   作:猫林13世

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誰が一番大人なんだ……


亡国機業に備えて

 サイレント・ゼフィルス強奪事件の概要を聞いたマドカは、すぐに犯人の一人に思い至った。

 

「オータムですね、その蜘蛛のようなIS――アラクネを使う犯罪者は」

 

「ふむふむ……まーちゃんは元亡国機業の人間だけあって、相手の情報も持ってるんだね~」

 

「最新の情報は分かりませんが、そんなISを使って、人を痛めつけるような戦い方をする人間など、この世に一人しかいません」

 

「何か因縁でもあるのかな~?」

 

 

 あまり人を悪く言わないマドカが、断定口調で話すことに、束は引っ掛かりを思えたので、このような問いかけをしているのだ。

 

「個人的には恨みだらけですよ。私が大事にとっておいたデザートを、横から奪い取ったり、報酬の半分以上を使い込んだ挙句に、私の分にまで手を出そうとしたり――」

 

「聞かなければよかったかな……」

 

 

 マドカの不満が爆発してしまったのを、束は後悔しながら愚痴を聞き続ける。大した情報は得られそうにないとあきらめかけたその時、束は聞き捨てならない単語を耳にした。

 

「兄さまの事を、くそ餓鬼とか言ったり……」

 

「よし、そいつは殺そう。肉体的にも、精神的にも、社会的にも抹殺しよう」

 

「た、束様? 急にどうしたんですか……」

 

 

 あまりの変貌ぶりに、マドカの方が戸惑いを覚える。ついさっきまで興味なさげだったのは、マドカにも分かっていたので、この食い付きようは、驚くなと言う方が無理である。

 

「可愛い可愛いいっくんを、あろうことか『くそ餓鬼』呼ばわりなんて、神が許してもこの束さんが許さない! ちーちゃんやなっちゃんたちを連れて、そいつを地の果てまで追いかけて殺す」

 

「……そんな簡単に見つけられるような奴じゃないですよ」

 

「こうなったら、全世界の監視モニターを常時ハッキングして、そいつが見つかった地域に核ミサイルを打ち落とすしか……」

 

「無関係な人がどれだけ犠牲になる計画を立ててるんですか!」

 

「え? いっくんの為なら、有象無象が何百人死のうが関係ないし」

 

「こういう人でしたね……」

 

 

 他人の区別がつかない束にとって、オータム一人を殺す為に、無関係な人間が何百人死のうが関係ない。むしろ全世界の人間に対して、無礼を働けばこれくらいの制裁が下されるというアピールになる、とすら考えているのだった。

 

「実行すれば、確実に兄さまに怒られますね。いや、怒られるだけで済むかどうか……」

 

「うん、この計画は没だね。いっくんに怒られるのは悲しい思いをするし」

 

「どれだけ兄さま基準なんですか……」

 

「束さんにとって、興味があるのはいっくんと、ちーちゃんとなっちゃん、そしてまーちゃんだけだからね~」

 

 

 あっさりと言い放つ束に、マドカは少し恥ずかしい気持ちになりながら顔を背けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵に戦力が増えたのは確定してしまったので、IS学園及び更識では戦力拡大が急務となっていた。とはいったものの、そんな簡単に戦力を揃えられるほど、IS学園も人材豊富というわけではない。

 

「千夏先生、ではこのメニューで訓練をお願いします」

 

「ああ、任せろ一夏。わたしと千冬が指導すれば、最強の軍隊が出来上がるだろう!」

 

「誰がそんなことを頼みましたか……新学期から取り入れるカリキュラムのテストをしてほしいと頼まれただけです。エイミィや香澄さん、静寐や本音たちが選ばれたので、貴女と千冬先生に指導をお願いしたんです。時間があれば俺が担当するんですが、更識もそこまで人材豊富ではありませんし、買収したデュノア社の方も、どうやら一枚岩ではないようですからね……また近いうちに様子を見に行かなければいけませんので、碧さんにお願いするわけにもいきませんし」

 

「学生のセリフとは思えないな」

 

 

 指導役だけでも学生の範疇を超えていると思えるのだが、その後に企業の事についてぼやく一夏は、疲れ果てたサラリーマンのような哀愁が漂っていた。

 

「分かってるとは思いますが、くれぐれもやりすぎないようにお願いしますよ。特に、日下部香澄さんは、相手の本音を読むことが出来る特殊能力を持っていますから、貴女方に含みがあればすぐにこちらに連絡するように伝えてあります。その場合は……分かってますよね?」

 

 

 ニッコリと、普段見せないような笑顔で問いかける一夏に、さすがの千夏も無言で頷く。何時もなら一夏の笑顔を見て発狂する千夏だが、今日は快楽より恐怖が上回ったのだ。

 

「だが一夏、あの日下部は一学期の成績不振者だぞ。何故目を掛けるんだ?」

 

「彼女は実力が無いわけではありませんからね。自信がなかったのと、相手の裏側を見たくないのに見れてしまうという、自分の特殊能力に押しつぶされていただけです。ちゃんと指導し、その特殊能力を上手く使いこなすことが出来れば、IS学園的にも、我々更識的にも大いにプラスですから」

 

「何処の人材発掘業者だ、お前は……学生が学園や企業のプラスを考えて生活するか、普通?」

 

「俺はいろいろと普通じゃない立場ですから。それでは、指導の件はお願いしますよ」

 

 

 千夏との会話を切り上げ、一夏は自室に戻り、新たなIS開発案を纏める。

 

「これが完成すれば、香澄さんにピッタリの機体を造ることが出来るだろうし、亡国機業の動きも探れるかもしれない……だが、まだ完成のビジョンは見えないな」

 

「一夏さん、あんまり根を詰めてはいけませんよ」

 

「分かってはいるんだがな……」

 

「明日からまた、私たちは合宿ですから、くれぐれもやりすぎないでくださいよ?」

 

 

 先ほど自分が言った言葉を、今度は美紀に言われ、一夏は苦笑いを浮かべる。人に釘を刺している場合ではなく、まず自分が注意しなければいけなかったのか、という表情だ。

 

「やりすぎはしないし、それほど時間が取れるわけでもないからな……とりあえず、コンピューター上で上手くいくまでは、実行には移せないからな」

 

「一夏さんだけの問題ではないんですから、誰かに手伝ってもらうのはどうです? 簪ちゃんとかなら、一夏さんのお手伝いが出来るでしょうし」

 

 

 自分はこういった作業に向かないと、美紀は心得ているので、間違っても「自分が手伝う」とは言わない。だが内心ではかなり悔しいと思っているだろう、と一夏は思っていた。

 

「大丈夫だ。それに、まだ急ぐような状況ではないからな。まずはじっくりと地力をつけてもらう」

 

「もう完全に指導者ですね」

 

 

 貫禄すらうかがえる一夏の言葉に、美紀は結構本気で笑ったのだった。




束の基準は、今更だったかな……

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