サイレント・ゼフィル強奪に成功した箒たちは、一先ず拠点で祝賀会を開いていた。
「思ってたより簡単だったな」
「お前の訓練の成果が、あんなものだ。亡国機業の中では弱いが、世間に出れば、お前も十分上位にランクインしてるってことだな」
「一夏め……私には見込みがないとか言ってたくせに」
「それ、ただ発破をかけただけじゃねえのか？」
一夏としては、箒が自分の現状を見直すために言っていた言葉なのだが、その真意は彼女には届いていなかったようだ。
「アイツがそんなことを考えているとは思えん。私を無視して、他の女とイチャイチャしている軟弱者などな」
「お前って思い込みが激しいよな……そもそも、一夏を誘拐したときに前もって周辺を調べてたが、お前とは特に親しいとは報告されてなかったみたいだぞ」
「何！？ てか、何故お前がそんなことを知ってるんだ！」
「言っただろ？ 一夏を攫ったのはオレたち亡国機業だって」
前に説明は受けているはずなのだが、箒は驚いた表情を浮かべる。それくらい、彼女にとって衝撃的な情報だったのだ――
「そんな……私は、一夏の大切な人ではなかったのか……」
「ショック受けるのそっちかよ！？」
――記憶を失う前から、自分は一夏の特別ではなかったということが。
「あら、何のお話しかしら？」
「SHの思い込みが解消したって話だよ。てか、スコールが説明したんじゃなかったのか？ あの一夏とかいう餓鬼を攫ったのがオレたちだって」
「言ったわよ。それと、私が一夏の初めてをもらったってこともね」
「襲ったのかよ……」
「何を想像したのかは分からないけど、ファーストキスだからね」
「本当か？ お前の事だから、あっちももらってそうだけど」
「まだ小学一年生の男の子に、そんなことはしないわよ」
すぐに一夏は取り戻されてしまったため、さすがのスコールでもそこまではしていないと言う。だが、付き合いの長いオータムは、それを百パーセント信じはしなかった。
「まぁいいか。オレにはどうでも良い話だからな」
「それよりも、サイレント・ゼフィルスの調整だけど、誰か良い技術者を攫ってこようかしら？ ほら、最近更識の傘下に入った企業があるでしょ？ あそこの技術者で、不満を抱えてる人間でも攫って来て」
「オレがか？」
「何時もの変装で、ヘッドハンティングだとか言えば、連れてこれるでしょ？」
「外面を取り繕うのは面倒なんだが」
渋るオータムに、スコールは二言、三言耳打ちをして、オータムをやる気にさせた。
「仕方ねぇな。まっ、オレに掛かれば技術者の二人や三人楽勝だぜ」
「出来るだけ腕のいい技術者を攫ってきなさいよ。あとはこっちで記憶を操作すればいいんだから、多少疑問を持たれても問題ないわよ」
「大丈夫だっての。その前に、社員リストとかねぇのかよ？ 前情報が無ければ、攫うのだって一ヶ月以上かかるぞ」
「仕方ないわね……二日あれば揃うから、それまではSHと訓練でもしていなさい」
「了解だ。てなわけでSH、いい加減現実を受け入れて元気出せや！」
オータムに背中を叩かれ、箒は肺の中の空気を全て吐き出して、なおも咽せ続けるのだった。
イギリス政府を通じ、一夏はサイレント・ゼフィルス強奪事件の詳細を知った。不確かな情報が多い中、確定している情報は二つ。
一つ目は、強奪犯は二人で、警備についていた腕利きのIS操縦者十人を軽々とあしらうほどの操縦技術の持ち主であること。
二つ目は、一人は蜘蛛のような専用機を操る凶暴な性格で、もう一人は、訓練機ながらも確実に相手を仕留める腕を持つ、長く綺麗な黒髪の女だということである。
「蜘蛛っていうと、篠ノ之箒が姿をくらました時にも、蜘蛛の糸のような武装が見つかっていますね」
「紫陽花さんの証言も、蜘蛛みたいなISに乗った女に不意を突かれた、って感じだしね」
「篠ノ之箒さんを誘拐した犯人と、サイレント・ゼフィルスを強奪した犯人の内の一人が同一人物だと仮定して、篠ノ之箒さんを攫った目的は何でしょう？ 彼女は篠ノ之博士から失望され、交渉道具としては使えないと分かっているでしょうに」
「虚ちゃん、いくら本人がいないからって、その発言は酷いんじゃない？ それが事実であったとしても」
虚の言い分は、一夏から聞かされた情報であり、その一夏は束本人から箒をどう思っているか聞いているので、刀奈が同情する方が間違っているのだが、人間的には正しいのかもしれない。
「とにかく、交渉道具に使えない篠ノ之を攫ったのには、何かしらの訳があるのでしょう。それよりも問題は、この黒髪の女が篠ノ之箒だった場合、かなりIS操縦の腕を上げたことになります。警備についていた女性たちは、更識製造の訓練機に乗っていましたし、実力は学園にいた頃の篠ノ之箒より格段に上です。その警備員をものともせずに強奪していったということは、代表候補生クラスの実力はつけているということです。どこで特訓したのかは知りませんが、この一ヶ月弱でそれほど成長するとは、かなり脅威な存在です」
「元々高いポテンシャルはあったものね。ただ目が濁ってたから成長出来なかっただけで」
「一夏さんが発破をかけても、おかしな解釈をして成長の機会を自分で潰していましたし」
「……とりあえず、シャルに何か分かったら報告してもらうようにメールはしておいたので、進展があれば逐一報告されるでしょう」
「尊さんも、何人か人を遣って調べてるしね」
「てなわけで、俺たちがしなければならないのは、この大量の書類の処理ですね」
山のように積まれた書類に目を向け、一夏も虚も、刀奈さえも盛大にため息を吐いた。
「篠ノ之箒失踪に関する情報なんて、生徒会じゃなくって学園長に持ってけよな……そもそも、捜索は警察の仕事でしょうに……」
「一応学園に在籍時に失踪した訳ですから、報告はされるんでしょうね」
「でも、まったく進展がないのに報告されても、正直迷惑よね……」
書類の殆どがその関連のものなので、三人はもう一度ため息を吐き、少しずつ山を崩していくことにしたのだった。
本当にファーストなのか、疑わしいですが……