二人の訓練を見ていた一夏の携帯に、本音からの着信が入ったのは、一夏が次のメニューに進もうとした、まさにそのタイミングだった。
「悪い、ちょっと電話」
「それじゃあ、私たちは休憩してるわね」
「別にいいけど、休み過ぎて動きたくないとかいうなよ」
電話の相手が本音だということを確認したから、本音に言うような注意をしてしまったのだと、一夏は自分の中で反省して通話ボタンを押す。
「何か用か?」
『い、いっちー! 大変! 大変だよ!』
「何が?」
『えっと……とにかく大変だよ!』
「……誰か事情を話せる人と代わってくれ」
本音では説明できないと、一夏は即座に判断して、傍にいるであろう誰かに代わるよう命じる。
『分かった! かんちゃんに電話して……って、携帯使ってる!?』
「何だ。部屋じゃないのか?」
『へ? ……あ、うん……ちょっとまって、おね~ちゃん。今かんちゃんに……』
「虚さんがいるなら、虚さんと代わってくれ」
『ほえ? ……うん、分かった』
かなり焦ってるのだろう、と一夏は事の重大性は高そうだと自分の中で整理する。本音が慌てるのは、割と何時も通りなのだが、虚が傍にいるのに簪を探すなど、そのような慌て方はあまりしない。慌てているように見えて、割と冷静な部分を残していることが多いのだ。
『代わりました、虚です』
「それで、本音があそこまで慌てるなんて、本当に何があったんですか?」
『まだ未確定情報なので、あまり詳しい事は申し上げられませんが』
「構いません。報告してください」
虚の話し方から、学園での出来事ではなく実家関係であることを見抜き、一夏も自然と姿勢を正した。
『イギリスの研究所が襲撃され、開発中の第三世代IS、サイレント・ゼフィルスが強奪されたとの情報が』
「イギリスか……セシリアがそっちにいるはずですから、本音に確認を取らせてみてはどうでしょう? あいつならセシリアの番号も知ってるでしょうし」
『分かりました。また情報が入り次第、私が連絡します』
「お願いします。間違っても本音に連絡はさせないようにしてください」
『申し訳ありませんでした』
虚が謝ることではないのだが、おそらく他にも報告があったため、本音に頼んだ事を後悔しているのだろうと一夏は解釈して、そのまま通信を切った。
「……思ってたより、動きが早かったな」
「何の動き?」
「ん? 情報が確定したら教えてやるよ。不確定情報を与えて、余計な心配を掛けたくないからな」
「ふ~ん……一夏君がそんな風に言うってことは、相当ヤバい事なのね」
「事実であればな……また忙しくなるかもしれん」
「……高校生のセリフじゃないわね」
一夏が零したセリフに、静寐が呆れ気味にツッコミを入れたのだった。
情報収集のために、簪と碧は更識のIDを使い、世界情勢の最新の出来事を閲覧、本音は事実を知っている可能性があるセシリアに連絡、刀奈と虚は、有事に備えて生徒会の仕事を早く終わらせるために奔走していた。
「一夏がハッキングすれば、あっという間なんだけどね……」
「さすがにそれは認められないわよ、簪ちゃん。いくら一夏さんだって、不確定情報の裏付けの為にハッキングはやらないと思うし」
「てか、生徒会の仕事なら、一夏君にも手伝ってもらわなきゃ終わらないわよ」
「一夏さんには、最悪の場合に備えて待機してもらわなければいけませんので」
「美紀ちゃんは?」
「楯無様と連絡中です」
「そっか……父娘だもんね」
ここにいる誰が掛けても変わらないが、美紀が尊に電話をする分には、更識の用事だとは思われない可能性が高いのだ。まぁ、電話相手が誰か、などと知られる心配はさほどする必要はないのだが……
「あの情報が確かだとして、やったのって亡国機業よね?」
「そうですね。先日一夏さんが篠ノ之博士から言われた通りでしたら」
そろそろ亡国機業が動くかもしれない、という束からの情報を、一夏は刀奈と虚には伝えてある。正確に言うのであれば、虚に伝え、それを刀奈に報告してもらった形だ。
「何でこうも面倒な事が立て続けに起こるのよ! 箒ちゃんの失踪の件だって、まだ片が付いていないっていうのにさ!」
「文句を言わないで手を動かしてください。それに、もうじき本音が何かしらの情報を持って――」
「おね~ちゃん! 大変だ~!」
「来ましたね」
噂をすれば影、ではないだろうが、虚が本音の名前を出した途端に、生徒会室に本音が駆け込んできた。
「何か分かったのですか?」
「えっとね……そのね……えっと……」
「とりあえず、落ち着いて息を整えなさい」
本音が慌てている事は誰の目にも明らかだったので、虚はとりあえず妹に落ち着くよう促す。
「……ふぅ~。うん、もう大丈夫!」
「そうですか。それで、何が大変なんですか?」
「うん! せっしーの情報だと、確かにサイレント・ゼフィルスが強奪されたみたい。監視カメラは壊されちゃってるから、犯人の映像とかは無いけど、そのうちの一人は、蜘蛛のようなISに乗ってたって目撃情報があって、もう一人は日本人ぽいって」
「日本人……ですか? でも、なんでそんなことが分かるんです?」
「えっとね……綺麗な黒い髪をしてたって目撃者が」
「意外と冷静ですね、その目撃者」
髪の色だけで日本人だと判断するわけにはいかないだろうが、虚はなんだか嫌な胸騒ぎがしていたのだった。失踪した篠ノ之箒も、綺麗な黒い髪だったからであり、万が一誘拐――ということになっている――したのが亡国機業で、その仲間として篠ノ之箒が動いているのだとしたら、面倒な事態に拍車がかかるからであった。
やっぱり残念な本音……