一夏たちがプールで遊んでいるのと、時を同じくして、亡国機業で特訓をしていた箒に、成長の兆しが見られていた。
「ようやく、ビットを動かせるようになったのか」
「元々適正ゼロだったんだ。これでも立派な成長だろ」
「そうだな。IS適正がCで、ビットや遠距離武器に関しては適正ゼロ。とんだハズレだと思ってたが、努力は出来るんだな」
「正当な評価をしてもらえるのなら、努力くらいするさ」
箒はいまだに、IS学園では一夏関連で不当に成績を下げられていたと思い込んでいる。だからではないが、亡国機業での努力は、すさまじいものだと言えよう。
「別に不当な扱いはされてねぇと思うけど、まぁ、これで作戦実行の目途が立ったな」
「あの作戦、本当にやるのか?」
「戦力確保のためには仕方ねぇだろ。それとも、お前は専用機が欲しくないのか?」
「欲しいに決まってるだろ!」
オータムに怒鳴り散らす箒だが、さすがに扱いに慣れてきたオータムは、箒を大人しくするためにある一言を放った。
「正当な評価を受けたいのなら、このまま努力するんだな。そうすれば、あの一夏とかいう餓鬼を見返すことが出来るだろうぜ」
「一夏を見返せば、あいつも私の気持ちを受け入れてくれるだろうからな! このまま私は成長して見せる!」
意気揚々とVTSがある部屋へと向かう箒を見送り、オータムはため息を吐いた。
「毎日毎日、一夏一夏ってウルセェな、あいつ……そもそも、犯罪組織の人間が正当な評価を受けるわけないだろうが」
「まぁまぁ、そうぼやかないの」
「スコール……相変わらず音もなく現れやがって」
「あら、SHがいた時から私もいたのだけど?」
「……だったらたまにはあいつの相手を代わってくれよ。面倒でしょうがねぇぜ」
箒の相手に辟易しているオータムは、上司であるスコールに箒を押し付けようとする。だが、スコールの方が何枚も上手だった。
「貴女が頑張ってくれてるから、私は他の事を進めることが出来てるの。ご褒美はちゃんとあげるから、もう少し頑張ってちょうだい」
「ちっ、しょうがねぇな……その代わり、ちゃんと相手してくれなきゃ怒るからな」
「分かってるわよ。しかし、Mの代わりが務まるか不安だったけど、煽てれば出来るものなのね」
「あいつの場合は、妄執って感じだけどな。そんなに一夏とかいう餓鬼が好きなのかねぇ」
「貴女も昔会ってるでしょ? 結構可愛い男の子なんだから」
「オレには分からねぇな」
「貴女はレズだものね」
「チゲェって言ってるだろ! オレはたまたま好きになった相手がお前だっただけで……」
恥ずかしくなってきたのか、語尾が弱くなっていくオータムを抱きしめ、スコールは部屋から出て行ったのだった。
泳ぎ疲れた一夏は、少し休憩の為にプールサイドに座って本音たちを眺めていると、その横にウサ耳を付けた束がやって来た。
「プールの時くらいは、それ外さないんですか?」
「これは束さんのトレードマークだからね~。ところでいっくん、亡国機業がそろそろ動き出しそうな予感がビンビンしてるんだよね~」
「アイツの行方は掴めたんですか?」
「箒ちゃんセンサーでも居場所が分からないから、もしかしたら殺されちゃったのかもしれないけど、あの生命力の塊みたいな箒ちゃんが、簡単にやられるとは思えないんだよね」
物騒なことをあっさりと言い放つ束に、一夏は苦笑いで応える。だがその苦笑いこそ、一夏も束と同じ考えだという証明なのだった。
「篠ノ之が亡国機業に加わって、こちらにそれほどダメージはありませんが、俺が入学する前に、VTSのメインシステムをハッキングしようとしてた輩がIS学園にいるんですよね。パスワード管理は織斑姉妹に任せていたんですけども、管理が杜撰だったようで……」
「まぁちーちゃんとなっちゃんだからね~。それで、いっくんはそのハッキングしてた屑が、亡国機業のスパイだって思ってるの?」
「可能性の問題です。この間の篠ノ之が使った打鉄を亡国機業が持ってきたものだとして、内通者がいなければ確実にセンサーに引っ掛かるはずなんです」
「それじゃあいっくんは、その内通者を束さんに探せって言ってるのかな?」
楽しそうに笑う束に、一夏は顔を顰め、そして首を左右に振った。
「束さんにIS学園の内部を見られるのは、更識としては避けたい事ですから」
「いっくんたちの研究の成果が詰まってるからね~。束さんでも、IS学園のデータをハッキングするのは難しいもん」
「そもそも、ハッキングは犯罪ですよ」
「それなら、いっくんも同罪でしょ?」
ニッコリと笑う束に、今回は一夏も素直に笑う。自分も各国のデータをハッキングした経歴を持っているので、人の事は言えないのだ。
「まぁ俺は、全世界の核ミサイルの発射スイッチをハッキングするような、危険な思考は持ち合わせていませんけどね」
「劇的に世界を変えるには、あれくらいしなきゃダメだったんだよね~。まぁでも、束さんが望む世界にはならなかったけど」
「女性が全員偉い訳じゃないんですけどね」
一夏がぼやいたタイミングで、背後から声が掛けられた。
「そこの男子。私に付き合いなさい」
「私に貴女に付き合わなければならない義理はありません」
「そんな口利いて、貴方の両親が無職になってもいいのかしら?」
「両親いませんし。義理の両親は大企業・更識の代表ですよ? 貴女がそれよりも高い社会的地位を持っているとは思えませんし」
「そもそも、お前みたいなクソに、束さんが造ったISが動かせるわけないだろ。偉ぶるなババアが! お前にいっくんに命令出来る権利があると思ってるのか?」
「束……? いっくん……? まさか、篠ノ之束に更識一夏!?」
声を掛けてきた女は、相手がIS業界に欠かせない人物だと気づくと、あっという間に逃げて行ってしまった。
「アイツ、社会的に殺してやろう」
「放っておきなさい」
物騒なことを言った束に、一夏は珍しくため口を利いたのだった。
社会的抹殺は、束なら造作もないでしょうね……