束の研究の手伝いをしていたマドカだったが、今日は何故かプールに付き合わされていた。
「何故プールなんですか?」
「ちーちゃんとなっちゃんが、まーちゃんと遊びたいって言うから、ちょっとズルして手に入れた無料券を使ってふれあいの時間を作ったわけですよ」
「ズルって……何をしたんですか?」
「応募はがきに、いっくんの名前を使っただけだよ~。いっくん、昔からくじ運が良いからね~」
それはズルではないのでは? とマドカは思ったが、細かいツッコミは省略し、心の中で敬愛する兄に感謝することにした。
「(ありがとうございます、兄さま。兄さまのお陰で、姉さまたちと楽しい時間が過ごせそうです)」
お礼を言った後、マドカは無料券に書かれている内容に目を向け、首を傾げた。
「束様。このチケット、五人まで無料ですけど、私たちの他に誰か来るんですか?」
「ん~? ちーちゃんとなっちゃんのストッパー役の愛玩動物が来るはずだよ」
「愛玩動物?」
束の言うそれが、誰のことなのか、マドカは理解できなかったが、向こうから来る三人を見て、それが誰なのかを理解した。
「山田先生だったんですね」
「そうだよ~。愛玩動物の、天然巨乳ドジっ子眼鏡」
「束様、山田先生と言った方が短いですよ?」
「じゃあドジっ子」
「……名前を覚える気はないんですね」
真耶に聞こえるか聞こえないかギリギリのところまでその問答は続いたが、結局束が真耶の事を名前で呼ぶことはなかった。
十一人の集団で行動していれば、それなりに目立ってしまうのも仕方ないだろう。だが、一夏たちの集団が目立っているのは、その人数の多さではなく、個人のレベルの高さと知名度であった。
「ねぇあれって、元日本代表の小鳥遊碧さんじゃない?」
「その隣にいるのって、現日本代表の更識刀奈ちゃんよね?」
「じゃあ、あっちの二人はペア日本代表の更識簪ちゃんと四月一日美紀ちゃん?」
「あっちの金髪の人って、誰かしら? モデルさん?」
「あっちの姉妹も、綺麗なお姉さんと可愛い妹ってバランスが良いわよね~」
「あ、あれって……世界で唯一ISを動かせる男の子じゃない?」
このように、更識所属の面々はそれなりに顔が知られており、表に出ない布仏姉妹も、かなりのレベルの高さなのだ。
「何か、私たちって場違い?」
「他のみんなと比べられるとね~……」
「わ、私は最初から場違い感が半端なかったですから……」
静寐、エイミィ、香澄も個々で見ればそれなりにレベルが高いが、周りにいる面々と比べると、どうしても見劣りしてしまうのかもしれない。
「でもこれって、一夏君がとんだハーレム野郎に見えてないかしら?」
「鼻の下でも伸びてればそうかもしれないけど、一夏君、さっきから疲れた顔してるし」
「何かあったんでしょうか?」
一夏は先ほどから、少し離れたところに視線をやっては、ため息を吐くという行為を繰り返している。
「一夏君、何かあったの?」
「ん? いや、悩みの種が増えそうだなーってさ」
「? どういう――」
静寐がどういう意味かと問いかけようとした途中で、その答えが向こうからこちらへとやってきた。
「やっほー! いっくんたちも来てたんだね~」
「一夏! お姉ちゃんと遊ぶぞ!」
「千冬! 独り占めはダメだぞ! さぁ一夏、わたしとも遊ぶぞ!」
「兄さま、お久しぶりです」
「……さ、更識君。私では四人を抑えるのは無理でした」
「あぁ……なるほどね」
こんな状況でもウサ耳を付けたままの大天災と、その顔は世界中の女子に知れ渡っている悪魔の姉妹と、その二人に顔がそっくりの妹。そして垂れ目で泣きそうな顔をしている巨乳が現れれば、周りが騒がしくなるのも仕方ないだろう。
「あれって織斑姉妹? その隣にいるのは妹さんかしら?」
「あ、あのウサ耳って、篠ノ之束博士じゃない!?」
「あの垂れ目の女の子、俺的にアリだな!」
「……一夏さん、なんか誘ってごめんなさいね」
「いえ、承諾したのは俺ですから……」
騒がしくなった周りを見て、碧が謝罪をしたが、一夏は自分の責任だと言ってその謝罪を不要のものと言った。
「一夏くーん! こっちで一緒に泳ぎましょうよー!」
「一夏、こっち」
「あ、あぁ……今行きます」
更識姉妹に呼ばれ、一夏は騒がしい場所から少し離れた場所まで泳いで逃げた。
「な、なぜお姉ちゃんたちじゃなくあっちなんだ……」
「一夏はわたしたちと遊びたくないのか……」
「まぁまぁちーちゃん、なっちゃんも。いっくんの半裸姿を収めた映像と画像で我慢しなよ~」
「また盗撮したんですか……」
「違うよまーちゃん。これは必須アイテムだからね! これが無いと束さんたちは、いっくん成分が枯渇して死んでしまうんだよ~」
「貴女たち、少しうるさいですよ……」
このメンツにツッコミを入れられるのは、一夏を除けば碧のみ。周りから助けてほしいとの視線を向けられ、碧はため息を我慢しながらツッコミを入れた。
「小鳥遊! 貴様ばっか一夏とくっつきおって!」
「あの役目はお姉ちゃんであるわたしと千冬の役目だったのに!」
「そんなこと言われましても、一夏君はお二人の事を、血縁の姉としてしか認識してませんし……特別な気持ちは無いんですよね、一夏君の方には」
「「それを言うな……」」
記憶を失ってからというもの、織斑姉妹に対する一夏の認識は、怖いお姉さんたちから血縁の姉、というところまでは回復したが、それ以上進展はしないだろうと思われている。その事実を受け入れることを、織斑姉妹は頑なに拒否し続けるのだった。
なんだかカオスな空間に……