暗部の一夏君   作:猫林13世

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知らない間に感染者が増えてた……


パンデミック

 フランスでの合同合宿が終わり、IS学園在学の面々はそれぞれの部屋に帰ってきて、まずベッドに倒れこんだ。

 

「随分とお疲れだな」

 

「一夏さんが合宿に訪問してくださったあと、私たちと一夏さんの関係を聞かれたり、知り合いだってことで恨まれたりして大変だったんですよ」

 

「それは悪かったな。一目会おうと思って訪問したんだが、責任者に見つかってな。整備を任されてしまったんだ。会いに行かない方がよかったかもな」

 

「いえ、会いに来てくださったのは、素直にうれしかったですし、それは刀奈お姉ちゃんや簪ちゃんも一緒です。でも、一夏さんはもう少しご自身の人気を自覚してください」

 

「そうは言ってもな……」

 

 

 一夏は、自分が特殊な立ち位置だから騒がれているだけだと思っているので、自分の人気と言われてもあまりピンと来るものがない。だからではないが、自分が合宿の場に現れたら、乙女たちにどのような影響を与えるかなど、一夏には理解できないのだった。

 美紀や刀奈、簪はそんな一夏と知り合いで、家族同然で生活しているから耐性が出来ているが、他の候補生や代表には、そんな耐性は皆無であり、ただでさえ女だけの世界に異分子が――しかも極上と言ってもいい異性が現れるのだから、訓練に身が入らなくなるのも仕方ない。だが、うら若き乙女たちにとって、その異性の情報を得ることは、時に訓練より大事になってしまうことがあると、美紀は今回の合宿で学んだのだった。

 

「あんな堂々とアリーナに現れたら、周りが騒がしくなると理解してなかったんですか?」

 

「俺だってアリーナにまで足を運ぶつもりはなかったんだが、護衛が碧さんだったから……」

 

「なるほど、一夏さんだけでなく碧さんもでしたか……」

 

 

 合宿所の責任者が、たまたま碧のことを知っていて、発破をかけてもらおうとアリーナへ案内して、そのついでに一夏に訓練機のメンテナンスも頼んだのだった。一夏としても、自分が手掛けた訓練機のチェックを断る理由もなかったので、軽い気持ちでアリーナに足を運んだのだったが、その結果があんな騒ぎになってしまったのだったのである。結果的に碧が騒ぎを鎮静化してくれたおかげで一夏は難なくその場から帰れたのだが、残された一夏の知り合い――特に関係の深い刀奈、簪、美紀の三人は酷い目に遭ったようだ。

 

「エイミィは、一夏さんとそこまで関係が深くなかったので、事なきを得たようですけどね……」

 

「所属先の次期当主候補ってだけだもんな。エイミィはあまり詳しいことを知らないだろうし」

 

「一夏さんが女性恐怖症、人間恐怖症であることくらいしか知らないんじゃないですか?」

 

「……最近はマシになってきただろ。合宿所でだって、何とか耐えたんだから」

 

 

 あの光景を思い出したのか、一夏の身体が小刻みに震えだす。そんな一夏を見て、美紀は疲れた身体に鞭打って立ち上がり、優しく一夏を抱きしめた。

 

「何だよ?」

 

「震えてたので、思い出しちゃったんじゃないかって心配してるんですよ。一夏さん、自分が震えてることにも気づいてなさそうだったので」

 

「いや、さすがに気づいてたが……まぁ、思い出したのを後悔したがな」

 

 

 はじめは抵抗を見せていた一夏だったが、これが美紀の優しさであることは重々承知しているので、途中からは大人しく美紀に抱きしめられていた。何時もなら一夏が先に寝てしまうのだが、今日は時差ボケもあってか、美紀が先に寝息を立て始めた。

 

「……何年たっても、トラウマは払拭出来て無いからな。美紀には一番心配してもらってる気がするよ」

 

 

 寝息を立てている美紀の髪を優しく撫で、一夏は美紀を自分のベッドまで運ぶことにした。さすがに同じベッドで寝るのは恥ずかしいと思ったのだろう。

 

「何時もは俺が先に寝ちまうからな。美紀じゃ俺をベッドまで運べないし」

 

 

 年頃の少女が、異性と一緒に寝たいなどと思ってないだろうと、一夏はそう思い込んでいる。そうなる前は、ほぼ幼児退行してるので、寝る時は気にならないのだが、起きた時に必ず後悔の念に押しつぶされそうになってしまっているのだ。自分がもう少し強ければ、もう少しトラウマを払拭出来ていればと……

 それが一夏の勘違いであることは、誰も指摘したりしない。理由は簡単で、何時までも一夏が勘違いして焦ってる顔を見るのが、少女たちの楽しみだからである。

 

「この前は寝ぼけて碧さんのベッドで寝ちゃったし、篠ノ之がいなくなってから、クラスメイトのスキンシップが激しくなった気がするし……」

 

 

 幼児退行を起こさないように、必死にこらえる分、部屋に戻ってからはほぼ美紀や他の更識関係者に抱き着いて震えている事が多くなっているので、一夏はなるべく一人になれるように整備室に篭るので、余計に更識関係者が一夏分不足を起こし、甘えたり甘えさせたりをしたくなってしまうのだ。

 

「そもそも『一夏分』って何なんだ? 前に織斑姉妹や束さんも言ってたが、そんな成分がこの地球上に存在するとは思えないんだが……何か新発見された必須成分だとでも言うのか?」

 

 

 真面目に考えても答えは出ないのだが、一夏は腕を組み、首をかしげて、謎の「一夏分」の存在を必死に理解しようとするのだった。

 

「……分からん。今度刀奈さんとかに聞いてみるか。そういえば、明日は虚さんも帰ってくるし、俺も仕事の予定もない。代表ならびに候補生の訓練の予定もないのか……刀奈さん辺りが遊びに行こうとか言いだしそうだな」

 

 

 考えても分からない事はわきに置いておく事にして、一夏は鶺鴒のデータを呼び出し、八岐大蛇の性能向上のためにキーボードを叩くのだった。




一夏分欠乏症は危険な病気です……?

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