本音と静寐の訓練を見学してた織斑姉妹は、ここ数日の二人の成長に目を見張っていた。
「一夏が発破をかけたとはいえ、予想以上の成長速度だな」
「布仏妹も、もともと高い能力を持っていたのだろうが、この成長は想定外だ。さすが一夏が護衛に任命しただけはある、ということだろう」
「布仏妹もだが、鷹月も相当な成長速度だ。更識の専用機だということを差し引いても、ここまで出来るとは思ってなかったぞ」
二人がそう評価している隙に、背後に気配が生まれた。咄嗟に振り返り腕を突き出したところで、その気配が誰のものかを理解した。
「お、驚かせないでくださいよ」
「何だ、お前か」
「何か用か?」
「いえ、ようやく動けるようになったので、更識一夏君にお礼でもと思って探しているんですけど」
気配の持ち主、ナターシャ・ファイルスは、織斑姉妹の攻撃に晒されても、特に慌てた様子はなく対応する。そのあたりは、やはり軍属ということなのだろう。
「一夏なら、まだフランスにいるはずだが」
「えっ? でも小鳥遊先生は職員室にいましたけど」
「何? あいつは一夏に同行してフランスに行っているはずだが」
「帰ってきたんですよ。それくらい分かるでしょうが」
再び背後に湧いて出た気配に、織斑姉妹は再び攻撃を繰り出そうとしたが、その声の主が誰だかを理解したとたん、引き締まっていた表情がだらしなく緩んだ。
「一夏、帰ってきてたのか!」
「お姉ちゃん、心配してたんだぞ! 向こうで変な女に付きまとわれてないだろうな?」
「どんな心配ですか……ところで、あのメール内容に間違いはないんですよね? どれだけスパルタでやるつもりだったんですか、貴女たちは」
帰ってくるなり早々、一夏は織斑姉妹に呆れた視線を向けた。
「ところで、ファイルスさんはもう動いても平気なんですか?」
「ええ。それから、私のことはナターシャで構わないわ。呼びにくそうだし」
「別に平気ですが……まぁそうさせてもらいます。で、ナターシャさんはもう動いても大丈夫なんですね?」
質問から確認の形に変えた問いかけに、ナターシャは笑顔で頷いた。
「おかげさまで。更識君の立てた作戦のお陰で、私もこの子もそれほど重症を負うことはなかったから」
「実際に動いてたのは各国の候補生たちですから、お礼ならそちらに言ってやってください」
一夏とナターシャがやり取りしている間に、本音と静寐もピットに戻ってきた。
「お疲れさま」
「いっちー! あんな武装聞いてないよ~!」
「あ? あぁ、八岐大蛇か。秘策なんだから、教えるわけないだろ」
「一夏君、やっぱりまだ連動が甘いのかしら」
「そればっかりは静寐が努力するしかないぞ。これ以上性能を上げろって言われても、難しいからな。それに、本音だから避けられたって面も小さくないからな……ほんと、勘だけは鋭いんだよな」
まるで見ていたように話す一夏に、千冬と千夏は思わずツッコミを入れる。
「一夏、お前いつから見ていた」
「少なくとも、お前が言った感想は試合を見てなければ出ないはずだ」
「いつからと言われても、結構前からこの部屋にいたんだが……まぁ、雲隠れを使ってたから、それなりに気配も消せてたんだろうな」
「それから、千冬さんと千夏さんがお二人の戦闘に集中していたので、一夏さんの気配に気づけなかったのでしょうね」
「……だからいきなり人の姿になるのは止めろ」
一夏の言葉を引き継ぎ、一夏を驚かせることに成功した闇鴉は、お決まりのツッコミを完全に無視して静寐と本音に視線を向ける。
「少し見ない間に、かなり成長しましたね~。土竜との連携もなかなかです」
「いっちーに怒られたからね~。少しは土竜と仲良くしないと、本当に動かなくなっちゃうかもしれないから~」
『当たり前です! 私は貴女の専用機として造られたのに、練習でも本番でもろくに使わないなんて、機嫌を損ねると分からなかったんですか?』
「別にそこまで大変なことにはならないかな~って思ってたよ~。でも、実際に動きが鈍くなったのを受けて、これはヤバいかな~って焦ったけどね」
『焦ってあれですか……貴女はもう少し危機感を持った方がいいですね』
「これでもちゃんと考えてるつもりなんだけどな~」
土竜に注意されても、本音の態度はあまり変わらない。二人のやり取りを正確に理解しているのは、この場で一夏と闇鴉の二人(?)だけ。残る四人は本音が一人で会話をしているようにしか聞こえない。
「とりあえず、八岐大蛇のデータは採れたから、もう少し動きを向上させられるかどうか検証してみる。それから本音」
「ほえ?」
「俺や闇鴉は土竜の声が聞こえてるからいいが、ほかの人たちはついにお前の頭が完全に逝かれちまったんじゃないかって心配してるぞ」
「あっ、そういえばそうだったね。土竜の声は私といっちー、あとは闇鴉にしか聞こえないんだったね~。いや~うっかりしてたよ~」
一夏が呆れていると理解しているはずなのに、本音の態度はいつも通りだった。
「そういえばいっちー」
「何だ?」
「フランスで刀奈様やかんちゃんたちと会ったんだよね~? 元気だった~?」
「フラストレーションが溜まってそうだったけどな。帰ってきたら大変な思いをしそうだ。黙って日本に帰ってきたし」
「いっちーが忙しいのはみんな分かってるだろうけども、せめて一声掛けてくればよかったのに~」
「仕方ないだろ。こっちに戻ってきたのだって、緊急で更識の方で片づけなきゃいけない仕事が出来たからなんだから」
その仕事が何か、一夏は本音には教えない。それだけ重要なことであり、火急の用だったのだろうと本音は勝手に解釈した。
「それで、そのお仕事は終わったの~?」
「ああ、ここに来る前に終わらせてきた」
「そっか~。じゃあ遊ぼう!」
「……俺はまだ仕事があるから、遊ぶなら静寐とにしてくれ」
訓練はもういいのか、というセリフを寸でのところで飲み込み、一夏は代わりにため息を吐いてアリーナを後にしたのだった。
強いけど、まじめに訓練しない本音……