静寐が一夏に報告したお陰で、ここ数日の織斑姉妹はかなり大人しかった。具体的に言えば、訓練メニューは自分で立てさせ、自分たちはあくまでも監視だけするというくらいに。
「見られてると、やりにくいものがあるわね」
「シズシズは見られることに慣れてないからね～。私は昔っからいっちーの傍にいたから見られるの慣れてるから気にならないけどな～」
『本音の場合は、鈍感だという可能性も否定できませんけどね』
「最近、土竜が毒舌に思えてきたよ～」
今日本音が立てた訓練メニューは、静寐との戦闘訓練、模擬戦まで本格的にはならない程度の戦闘だ。だからこうして会話をする余裕もあったりするのだ。
「一夏君に怒られてから、本音は土竜しか使ってないんでしょ？」
「そもそも、普段VTSで遊んでたのだって、いっちーが管理してるパスワードがなければログイン出来ない私専用のIDだから、いっちーがいないと一般生徒用IDしか持ってないし」
「ログインしてから専用機のデータを読み込ませるんだっけ？ そうじゃないとパスワードを誰かに知られた時にデータを盗まれる可能性があるからって」
「いっちーは更識でも重要なお仕事をしてるから、専用機のデータ管理もその仕事の内なんだって刀奈様が言ってたような気もするんだよね～」
「……一夏君が本音に専用パスワードを管理させない理由が、今ので良くわかったわ」
自分が仕えている家の事情も把握していない本音が、パスワードを覚えられるはずもないと静寐も確信した。
『時に静寐、私の乗り心地はどうですか？』
「悪くないわよ。一夏君が私専用にカスタマイズしてくれたってのもあるけど、貴女に乗ってると本当に空を飛んでる感じがするのよね」
『まぁ、羽ばたきはしませんが、鳥をモチーフにしたデザインですからね、私は。同じ空を飛ぶ行為でも、私と他のISとでは少し感じ方が違うでしょうね』
「ほんと、更識の技術力には頭が下がるわよ。一夏君が企画したとはいえ、短時間でISをくみ上げちゃうんだからね」
『そう…ですね……』
「？」
鶺鴒の返事にぎこちなさを感じた静寐だったが、その正体は分からなかった。いや、考えたことはあるが、それが現実だとは微塵も思っていないのだ。
「シズシズ、よそ見してると危ないよ～」
「え？ って、本音、容赦なしなの！？」
考え事をしようと本音から視線を逸らした隙を突かれ、静寐は本音から攻撃を受けてしまった。反撃に出ようにも態勢が悪く、立て直すために大げさに距離を取った。
「その動きは失敗だよ～」
「くっ！」
咄嗟に草薙を展開して本音の斬撃を受け止めたが、このままではジリ貧であることは誰の目にも明らかであり、静寐自身も理解していた。
「（このままじゃ、本当に本音の動きに付き合っただけになっちゃうわね……実力差があるのは自覚してたはずなのに、いざ戦うと想像以上に悔しいわね……せめて一太刀だけでも浴びせたいって思っちゃうなんて……意外と強欲なのかしら、私って）」
単に負けず嫌いなだけとも言えるが、静寐は本音の隙を窺うべくマシンガンを展開し威嚇射撃をしながら距離を開く作戦に出た。
「いっちーに比べたら、シズシズの弾丸は素直で避けやすい」
「そこで一夏君と比べないでよね。あの人は次元が違うんだから！」
「いっちーはそこまで強くないよ～？ 美紀ちゃんやかんちゃん、マドマドにだって完封負けするくらいだし」
「逃げる手段が多いってことよ！ そもそも、私たちから見れば、一夏君だって十分に強いんだから！」
弾丸の隙を、縫うようにして距離を詰めてくる本音に、静寐は恐怖心を抱き始めていたが、その恐怖に負けないように自分を鼓舞して戦い続けた。
「当たらないにしても、もう少し距離を稼げる予定だったのに」
「『鶺鴒』のデータは、すでに土竜が解析済みなので、どんな攻撃も脅威ではないのだ～！」
「なら、一夏君が極秘に積んでくれたこの武装はどうかしら？」
本音と一緒に訓練を始める前、静寐は血の滲む努力でとある武装の適正を上げていた。それを知っていた一夏が、静寐のために開発した武装、八機のビットを同時に展開することで効果を発揮するその武装の名は――
「いでよ『八岐大蛇』」
「ほぇ！？ その武装のデータはなかったよ！？ 土竜、どういうこと！？」
『一夏さんが意図的に解析できないようにしてたのでしょうね。造り手である一夏さんが本気で隠そうとしたのなら、私でも解析出来ません』
「なら、回避行動の計算を！ それが出るまでは自力で頑張ってみるから」
『そんな悠長なことを言ってる余裕はないですよ。八方向から同時に撃たれるんですから』
土竜からの忠告で、本音は自分が置かれた立場を思い出した。今、まさにこの瞬間、自分は八方向から狙われているのだということを。
「いっちーめ、こんな隠し武装をシズシズに与えていたなんて！ なんて面白そうな武装なんだろ～」
『……貴女って人は。まぁ、本音はビット適正が低いですから、使えないでしょうけどもね』
「良いな～シズシズ、何か一生懸命特訓してたのは知ってたけど、まさかビットだったとはな～」
『まだ偏向射撃は出来ないようですが。そのあたりは、マドカさんが一番でしょうね』
「とりあえず、これを避けきってシズシズには大人しくしてもらおう！」
具体的な作戦など一切ないまま、本音は八岐大蛇の攻撃を野生の勘だけで攻略してしまったのだった。その動きには、監督役である織斑姉妹も感嘆の声を上げるほどだった。
最後駆け足になってしまいましたが、本音は十分に強いです