本音と訓練しようと、彼女の部屋を訪れた静寐は、部屋につくなり疲れ果てて、その場で寝ていた本音を見て驚いた。
「ちょっと本音? 生きてるの?」
「ほえぇ~……」
「……寝息?」
何時ものような間の抜けた彼女の口から洩れ、それが寝息だと理解するまで数秒かかった。
「何があったらこんな場所で寝るのよ……」
静寐は、本音が織斑姉妹に監視されていることを知らないため、何故本音がこんなところで疲れ果てたのかを知らない。知っていれば、彼女と訓練しようなどと考えなかっただろう。
「布仏妹! 時間だ!」
「何だ、鷹月もいるのか」
「千冬先生に千夏先生? 何故本音の部屋に?」
「うむ。一夏からこいつの事を頼まれていてな。少しでもまともな生活を送るように私たちが鍛えてやっているのだ」
「ちょうどいいから鷹月も一緒に鍛えてやる」
「ちなみに、訓練メニューはどのような?」
千夏から聞かされたメニューは、一夏でも設定しないような厳しさで、本音がよく部屋まで帰ってこれたなと思うほどの量だった。
「ちょっと待ってくださいね……」
静寐は携帯を取り出し、一夏に千冬たちが設定したメニューをメールで知らせた。すると数十秒待っただけで返事が送られてきた。
「千冬先生、千夏先生、一夏君がお二人に見せるようにって」
送られてきた返事を、静寐は千冬と千夏に見せる。首をかしげながらも静寐から携帯を受け取り、画面に表示された文字を読んだ途端、二人の世界最強が震え出した。
「な、何故だ……何故一夏はお姉ちゃんの努力を理解してくれないんだ!?」
「少し厳しくしてやった方がこいつの為だと判断したからなのに!?」
「厳しすぎたんでしょうね。さすがの一夏君だって、いきなりこんなメニューからは入りませんでしたし」
「と、とりあえず急いで一夏に謝らなければ!」
「今日の訓練は自主訓練とする! 布仏妹が起きたらそう伝えておいてくれ!」
携帯を部屋に置いてきたのだろう。千冬と千夏は急いで寮長室へと向かう。もちろん、教師が廊下を走るなどという真似はしなかったが。
「やれやれ……それで、いつまで寝たふりを続けるの?」
「あっ、バレてた?」
「だって、普通にこっち見てたじゃない」
普段の織斑姉妹なら絶対に気が付いてただろうが、精神的に不安定だったために騙しとおせた本音の狸寝入り。彼女は立ち上がり軽く全身を動かして――
「じゃあ、もう少し寝ようかな」
――ベッドに倒れこんだ。
「さすがに起きなさいよ。そろそろ十時よ?」
「昨日の訓練が終わったのが八時だから、まだ二時間しか寝てないよ~」
「……朝の十時なんだけど」
十四時間寝ていた計算になるのだが、本音の中ではそれほど時間が経った実感が無かったのだろう。静寐から現時刻を聞かされて目を見開いた。
「仕方ないな~。それじゃあ起きるよ」
「……一夏君が忙しそうにしてるのに、本音は相変わらずね」
苦笑いを浮かべながら、学園に唯一残っている生徒会役員――つまり本音にアリーナの使用許可をもらい、静寐は鶺鴒に慣れるべく特訓を始めるのだった。
日本で午前十時ということは、フランスは午前二時。そんな時間にメールでたたき起こされた一夏は、とりあえずトイレですっきりして自分のベッドに戻った――はずだった。
人の気配を感じ目を開けると、そこにはなぜか碧が一夏を抱きしめて寝ていたのだ。
「何で碧さんが俺のベッドに……いや、俺が間違えたのか」
少しだけ動ける範囲で確認して、自分が夜中にベッドを間違えた事を確認した一夏だが、それ以上何も出来ないのでとりあえず碧を起こすことにした。
「あの、碧さん……放してくれるとありがたいんですが」
「うーん……くすぐったいですよ、一夏さん」
「起きてますよね? そろそろ放してください」
「後一時間……」
「どれだけ寝るんですか」
一夏が呆れたのを気配で感じたのか、碧の一夏を抱きしめる腕の力が少し緩んだ。その隙を一夏が見逃すはずもなく、あっという間に碧の腕の中からすり抜けた。
「間違えた俺に非があるので強くは言えませんが、刀奈さんたちに知られたら大変ですよ?」
「大丈夫。刀奈ちゃんたちに今の事を知る方法は無いもん。一夏さんが口を滑らせない限り」
「言いませんよ。そんな事言ったら、全員と一緒に寝なければいけなくなりますし」
「それもそうね。ところで、なんでいきなり私のベッドに入ってきたの?」
碧も何故一夏が自分のベッドに入ってきたのかは知らなかった。普通の男女の関係なら、夜這いでも仕掛けてきたのかと考えるのかもしれないが、この二人はそういった関係ではない。そして一夏がそのような行動に出るはずもないと、碧も重々理解している。
「夜中にこんなメールで叩き起こされまして……寝ぼけ眼でトイレに行って、そのままベッドを間違えました」
「どれどれ? あー、これは酷いわね……てか、静寐ちゃんも時差を考慮してメールすればいいのに」
「メール着信の音で起きた俺も悪いのかもしれませんがね……とりあえず、申し訳ありませんでした」
「気にしなくていいわよ。ある意味役得だったから。普段なら美紀ちゃんの可能性が高いけど、今回は私だったからうれしいわ」
「……寮ではさすがに間違えませんよ。普段から使ってるわけですし」
幼児退行を起こしているならまだしも、普段から一夏が美紀のベッドに潜り込んでいると邪推している碧に、一夏はツッコミとため息で応えたのだった。
「でも、一夏さんと一緒の部屋で寝てるのは、美紀ちゃんでしょ?」
「まぁ、そうですね。ルームメイトですし」
「だから、私たちから見れば、美紀ちゃんはかなりの役得なのよ」
「そんなもんですか」
自分がそこまで想われているとは思ってなかった一夏は、気のない風を装った態度で返し、洗面所に向かい顔を洗って照れているのを誤魔化したのだった。
やっぱり駄姉の織斑姉妹……