代表の合宿としてフランスに来ていた刀奈たちは、同じ更識企業所属のエイミィと合流していた。
「そういえば、今日あたり一夏君もフランスに来るんじゃなかったっけ?」
「家の仕事で来るはずだよ。楯無さんが来られないから、その名代として」
「お父さんが来ても、ISの事はさっぱりですからね……どっちが当主なのか分からなくなってきましたよ」
実際は一夏が当主であり、一夏が顔を出すのが普通なのだが、それを公表できないので同じ嘘を繰り返す。いい加減罪悪感も薄れてきているので、三人は当たり前のようにこの嘘をエイミィにも信じ込ませた。
「それで、一夏君が来るのは分かりましたけど、私たちと会えるんですか?」
「それは分からないわね。シャルロットちゃんの会社を訪問して、現状を確認するだけだと思うんだけど」
「新しく開発中の武装のチェックも一夏が担当じゃなかったっけ?」
「一夏さん考案ですからね」
「改めて考えると、一夏君ってなんで学生やってるのか分からないくらい忙しいんだね」
エイミィの一言に、三人は一瞬固まったが、すぐにエイミィの言葉に同意した。
「確かに、一夏君はウチに必要な人材だから、更識の仕事に専念させても良かったかもね」
「でも、一夏が自分の意志でIS学園に通うって決めたんだから、それは無理じゃない?」
「必ずしも自分の意志、ってわけじゃないんでしょうけどね」
「普通の高校に通って、普通に学生生活を送る、なんて一夏君の立場じゃ不可能よ。可哀そうだけどもね」
まずはじめに、不特定多数の人間――見ず知らずの人間が多数いる場所に、一夏は一人ではいけない。そしてISを動かせることを公表している以上、IS学園に入学する事が身の安全を確保する一番の手段でもあったのだ。
「自分の所為で他の人に迷惑はかけられない、って言ってたね」
「実に一夏さんらしい考え方ですけどね」
「前から気になってたんだけど、一夏君って昔の記憶が無いんだよね? じゃあ更識のお屋敷に来てからずっとあの喋り方なの?」
「昔は可愛らしい喋り方だったけど、小学校高学年になってからだっけ? 今の喋り方に変わったのよ」
「あの頃の一夏さんは、更識の人間でも怖がってましたからね」
本人がいないところで過去を暴露する三人だが、一夏も別にそのことで目くじらを立てることはしないだろう。ただ、あまり喋って欲しくないとは思っているかもしれないが。
「ていうか、合同合宿と言う割には、大した訓練してないのよね……これってなんの嫌がらせなのかしら?」
「訓練してない、って言うか私たちがすぐに終わらせてるだけなんだけどね……」
「他の皆さんはまだ訓練中ですし……」
「私も、更識所属になって別格になっちゃったみたいですね……」
他の代表・代表候補性が苦労して取り組んでいるメニューを、更識所属の四人は早々に終わらせてしまったのだった。
社長代理として更識企業フランス支部で作業していたシャルロットを、一夏が訪ねる。前もって訪問する旨を伝えてあるために、それほど驚いた様子はない。
「いらっしゃい。小鳥遊先生もわざわざすみません」
「いえ、私は一夏さんの護衛ですから」
「シャルロットも社長が板についてきたか? だいぶ落ち着いてるな」
「からかわないでよ、僕……私なんてまだまだだよ」
「別に一人称を変える必要は無いぞ? シャルロットが普段使ってるので構わない」
代理とはいえ社長職にあるシャルロットは、普段から一人称として「私」を使おうと心がけている。一夏以外と面会するときは難なく使えているのだが、一夏の前ではどうしても学園気分が抜けないのだろう。普段使いである「僕」という一人称を使ってしまった。
「だって、一夏はちゃんと公私を使い分けてるでしょ?」
「これでも更識代表代理だからな。でも、シャルロットの前では楽をさせてくれ」
「そういえば、一夏も普段通りの口調だね。じゃあ僕も肩肘張らずに行かせてもらおうかな」
一夏の口調が普段通りなのに気が付き、シャルロットも普段通りの口調で話すことにした。
「ねぇ一夏」
「何だ、シャルロット?」
「それ。長くない? 言いやすい呼び方で良いよ」
「別にあまり気にしてなかったが……じゃあ『シャル』と呼ばせてもらおう」
「うん、良いねそれ」
愛称が気に入ったのか、シャルロットは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあシャル、頼んでいた例の物の開発状況を教えてくれ」
「えっとね、現状は六割程度完成と言えるかな。でも、ここからが大変だと僕は思ってる」
「俺も同意見だな……だが、この短期間でよく六割まで完成出来たな。やはりデュノア社の技術力もかなりのものだったんだな」
「デュノアの力だけじゃないよ。更識が派遣してくれた技術者さんたちが優秀だから、デュノアも成長できてるんだよ」
「実戦を想定した武装だから、使い道が無いかもしれないが、これが完成すれば災害現場の救出作業も長時間続けることが可能になる」
「簡易エネルギー補給装置、SEの補給がその場で出来れば確かに無駄が減るもんね」
いちいち拠点で補給しなくても、その場で最低限の補給が出来れば、救出活動時間が増える。その結果、助けられる命が増えるのではないか、と一夏が考案し、ここデュノア社が開発に取り組んでいるのだった。
「でも一夏、君っていつもこんなことを考えてるの?」
「この前の福音戦ちょっと思いついただけだ。実戦に赴く可能性も無いだろうし、なるべく全員を助けたいと思ったからこの設計図を作ったんだ」
「大変だね、開発部主任と企画立案部主任の掛け持ちは」
「学生だからじゃ通用しない世界だからな、ここは」
表向きの立場はシャルの方が上になっているが、シャルは一夏を下だとは思っていない。だからこそ、一夏が浮かべた苦笑いに、シャルも苦笑いを返したのだ。
若い社長が頑張ってる……