最終調整の段階に入っているのに、一夏はまだ静寐に専用機の名前を教えていなかった。
「一夏君、この機体の名前は決まってるの?」
「スサノオがいるし、伝承から持ってこようと思って考えたんだが、どうもしっくりこなくてな……」
「じゃあ、まだ名前が無いの?」
静寐が首をかしげると、一夏は首を左右に振った。
「行き詰まったときにちょっと空を見ようと思って外に出たら、そこに鳥がいてな。その鳥がスサノオにも無関係じゃない鳥だったから、それでいいかなって」
「スサノオに関係がある鳥? そんな鳥、いたかしら……」
「スサノオは伊邪那岐と伊邪那美の末子だ。伊邪那岐と伊邪那美が性行をしていた時にその側にいたとされる鳥、鶺鴒だ。別称で『恋教鳥』とも言われる鳥だから、俺に何かを教えに来てくれたのかもな。だから、この子の名前はそのまま『鶺鴒』だ。見た目も若干鳥っぽくしてある」
「一夏君、知識が若干マニアックな上に『性行』とか真顔で言わないでよ……」
「……実は俺も若干恥ずかしいんだよ」
フイっと静寐から視線を逸らした一夏の顔は、みるみる真っ赤になっていく。そんな一夏を見て、静寐は笑い出しそうになってしまった。
「笑いたければ笑えよ」
「いや……一夏君でも恥ずかしいって思うんだな~って思っただけよ」
「静寐は知ってるだろ。俺はそもそも異性が得意じゃないんだよ」
「そういえばそうだったわね。でも、普段から異性に囲まれてる一夏君じゃ、説得力が皆無よ?」
「……この学園、俺と同性なのは学長くらいだろ」
盛大にため息を吐いた一夏を見て、静寐は少し笑みを零して、真面目な表情に戻った。
「それで、この『鶺鴒』の特性は?」
「オールラウンドに造ってある。遠距離でも近距離でも、回復役でも使える」
「回復役? IS戦闘じゃ、回復なんて無かったと思うけど……」
「束さんの研究の名残だな。設定がコアに残ってたからそのまま使った。あの人、フォーマットしないで渡したらしい」
実際は一夏がコアに残されていた微かなデータから呼び起こしたのだが、静寐にそれを確かめる術がないのをいいことに、ちょっとした嘘を吐いたのだ。
「剣が二振りと銃火器が数点、後は珍しい弓も積んでみた」
「弓? ISで弓道でもするのかしら?」
「攻撃用じゃなくって、その弓で味方を射抜いて回復させるんだよ。武器の名前は『天照』」
「またたいそうな名前ね……」
「そんなこと言ったら一振りは『草薙』だぞ」
「一夏君、日本神話好きなの?」
「それほどでもないが……記憶を失った後、更識で厄介になり始めた時に片っ端から本を読まされたからな……その中に古事記とか日本書紀もあったから」
あっさりと言い放つ一夏に、静寐はどう反応していいのかに困った。普通の家に、古事記や日本書紀が置いてあるわけがないのだから、仕方ないかもしれないが……
「更識ってなんでもあるのね」
「逆に漫画とかはあんまり無かったな……簪や本音が持ってるのだけだった気がする」
「やっぱり歴史あるお屋敷なのね……書庫に入ってみたいわ」
「興味があるのか? 楯無さんに頼んで入れるように出来るが、どうする?」
「……遠慮しておくわ。いくら更識所属になるとはいっても、私は暗部組織に入るわけじゃないんだから」
一瞬入ってみたい、と思った静寐だったが、寸での所で更識が暗部組織だということを思い出し、その拠点である屋敷に入ったら、何か後戻り出来ない事態になりそうだと思い断った。
「別にそこら辺に血痕とか死体とかが転がってるわけじゃないぞ? 普通の武家屋敷だ」
「武家屋敷ってだけで、普通とはかけ離れてるわよ」
「そう…だな……。でも俺、更識の屋敷以外だと、五反田食堂しか行ったことないな……だから、普通の家の中を見たことが無いかもしれん……」
「子供のころ、お友達の家に行ったりとかは?」
「無いな……記憶を失ってから、暫くは篠ノ之に付きまとわれてたし、アイツが転校してからは、鈴たちと外で遊ぶことが多かったからな……さっき言ったように、友達の家って言われても、五反田食堂にしか行ったことが無いな」
一夏の悲しい過去話を聞かされ、静寐は涙を堪えるのに一苦労だった。普通の幼少期を過ごしてこなかった一夏に、同情して泣きたくなっているのだ。
「ところで、その『五反田食堂』って?」
「ん? あぁ、悪友の実家が食堂を営んでいて、自宅兼お店なんだよ。二階で遊んだことはあるが、やっぱり普通の家とは言えないだろ?」
「まぁ、一般家庭は食堂なんて営んでないわね……」
「あっ、鈴の両親が営んでる中華料理店にも行ったことがあるな」
「……一夏君のお友達って、基本お店の子なんだね」
一夏がIS学園に入学する前からの付き合いで、更識関係者ではない人物で、現在も辛うじて交友があるのは三人で、そのうち現在進行で店を営んでいる五反田家と、現在は店を畳んで、離婚したと聞かされた凰家。そして残りは一夏が訪れたことのない御手洗数馬の家、そこは普通の家なのだろうが、一夏は知らない。
つまり、一夏のIS学園入学前の友人の内、三分の二は飲食店を経営していたのだ。
「改めて考えると、俺って交友関係狭いな……」
「仕方ないんじゃないの? 篠ノ之さんが原因で近づけなかったんだし、一夏君がご厄介になってる家が特殊だからね……」
「微妙なフォローをどうも。それじゃあ、鶺鴒の動作チェックと武器のチェックを頼む」
「そういえば、それがメインだったわね……」
すっかり一夏の過去話になってしまっていたので、静寐は本来の目的を忘れかけていた。そんな静寐の反応に、一夏は苦笑いを浮かべたのだった。
三分の二が飲食店経営の家の子って……