VTSを使ったトレーニングの最中、監督役の碧の携帯が鳴り響いた。
「ごめんね、マナーモードにするの忘れてたみたい……あら? 一夏さんから電話なんて珍しい」
三人の集中力を乱した事を謝罪し、碧はその電話に出ることにした。
「はい……えっ、もうですか? やっぱり早いですね……はい……分かりました、すぐに向かわせます」
一夏の声は三人には聞こえないため、碧の言葉から一夏のセリフを推測するが、残念ながら誰一人一夏のセリフを想像できたものはいなかった。
「鷹月さん、一夏さんが整備室でお待ちです。最終調整をしたいからとの事です」
「もう完成したんですか?」
「データは前々からのを使ったらしいですし、機体そのものは大して手間ではないらしいですよ。もっとも、一夏さん一人で造ってたわけではありませんので、少しくらい早くても当然だと思いますがね」
碧の言っていることは、完全なる嘘ではない。データの整理など、手伝えることは簪も手伝っていたし、コアそのものを造ったのは一夏ではなく束だ。だが組み立てた人間は一夏のみなので、部分的に碧の言っていることは嘘、という事にもなる。
「じゃあ、今から整備室へ行けばいいんですね?」
「ズルいよシズシズ~。勝ち逃げは許さないよ~」
「本音ちゃんは、普段から自分の機体を使わないで遊んでた罰が当たったのよ……ヴァーチャルで専用機が言うことを聞かないなんてね」
「これはいっちーの陰謀だ~!」
一般のIDでも、専用機持ちだと認められれば自分の機体を使うことが出来る。だが、普段から他人の専用機を使って遊んでいた本音は、専用機である土竜に仕返しとばかりに命令とは逆の動きをされてしまったのだった。
「布仏さん、普段から使ってるんじゃなかったんですね」
「何時も一夏さんに怒られているのに、改めないからこういうことになるんですよ?」
「今度からはなるべく土竜を使う所存です、はい……」
まるで責め立てられた大人のような言い分を残し、本音はその場にへたり込んだ。
「それじゃあ、鷹月さんが戻ってくるまでは二人ともCPU相手で頑張ってね。さて、私もたまには木霊と空を飛びたいわね」
『授業で使っては貰ってますが、アリーナには天井がありますからね。屋外戦がまだ可能だった第一回モンド・グロッソ以来、私は空を飛んでません』
「ヴァーチャルだけど、偶にはいいわよね」
木霊と会話しながら、碧は一夏から渡されているパスワードを入力しVTSを起動する。碧の戦闘を見学していた香澄は、あまりのレベルの違いに愕然とするのだった。
一夏に呼び出された静寐は、一夏がいると思われる整備室の前まで来ていた。だが、そこから先に進むには、パスワードが必要なので、静寐一人では入ることが出来ない。
「困ったわね……って、一夏君に電話すればいいだけの話か」
自己完結をして、静寐は携帯を取り出して一夏の番号にコールする。
『はい?』
「扉の前まで来たんだけど、パスワードが無いと入れない場所じゃないの、ここ」
『てっきり碧さんと来ると思ったんだが……』
そういって一夏は、内側から扉を開けた。
「まぁ、入ってくれ。現状の静寐のデータが欲しい」
「……ここ、学園の整備室よね?」
室内には、かなり本格的な測定器や、静寐が見たこともないようなものが沢山、所せましと置かれていた。
「IS学園のスポンサーは更識企業だからな。それなりのものを置いていてもおかしくはないだろ」
「私たち一般人からすれば、こんなものがあればおかしいと思うわよ」
「そうか? まぁ細かい事はおいておくとして、早いところ測定してしまおう。それを機体に反映すれば、この子は静寐の専用機として完成するだろうからな」
「これが……私の専用機……」
目の前に鎮座するISに目を奪われ、他の動作を忘れてしまう静寐。まるで心臓までもが停まってしまったのではないかと錯覚するくらいに、静寐はそのISに心を奪われていた。
「おーい……そろそろ現実に戻ってきてくれると助かるんだが」
「………」
「反応なし、か」
「仕方ありませんよ。コネでもなければ専用機なんて簡単に手に入るものではありませんから」
「……だから、いきなり人の姿になるのはやめろ」
闇鴉が人の姿になっても、静寐はなかなか現実に復帰しない。一夏は一つため息を吐いて、静寐のすぐそばまで移動し――
「鷹月静寐!」
「は、はいっ!?」
――声を張り上げて彼女の名前を呼んだ。
「やれやれ、やっと戻ってきたか。いつまでも夢想の世界にいられると困るんだが」
「えっと……ごめんなさい。そんなに長い時間ボーっとしてた? ……って、いつの間にか闇鴉が人の姿になってる」
「こんにちは。鷹月さんは専用機に縁が無いと思っていたんですよね?」
「そりゃあね……候補生なんて無理だし、更識所属にでもならない限り個人で専用機を持つなんて不可能だもん」
「感動するのは仕方ないにしても、せめて完成してからにしてくれないか? これでも、俺だって予定が詰まってるんだから」
闇鴉と談笑し始めそうになったので、一夏が強引に本筋へと流れを戻す。測定器へ静寐を誘導し、現状のデータを測っていく。
「基礎体力は想定内だが、適性がBに上がってるのは驚きだな」
「鷹月さんも頑張っておられたんでしょうね」
一夏と一緒にモニターを眺めていた闇鴉がしみじみと呟く。一夏も似たような感想だったので、静かに頷き、専用機用のデータを上方修正してプログラムしなおすのだった。
名前は、もう少し後で……一応決まってはいますので