暗部の一夏君   作:猫林13世

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偶に良い事言うんですよね……


ちょっとした変化

 夏休みに入り、代表及び候補生たちはその実感を得る間もなく飛び回っている。企業代表である虚も同様に、世界各国のIS企業との定例会に出席している。

 本来ならば一夏も参加しなくてはいけないのだが、表向きの『楯無』は尊が務めているので、そういった集まりには一夏ではなく尊が参加している。

 したがって、夏休みに入ってしばらくは、一夏のスケジュールは静寐の専用機製造と香澄や本音とのトレーニングにあてられる。

 

「ほえ~……いっちーとのトレーニングは疲れるよ~」

 

「そんなこと言っても、布仏さんの方が元気じゃん……私、しばらく動けそうにないんだけど……」

 

「だらしないわね……一夏さんが組んだトレーニングメニューは、今の貴女たちなら問題なくこなせるはずなのよ」

 

 

 当の本人である一夏は、今整備室に籠って静寐の専用機製造でこの場にはいないが、一夏の代わりに監督を務めている碧は、呆れたように地面に寝転がる二人に声をかける。

 

「鷹月さんを見なさい。疲れてるけど寝転がっては無いわよ」

 

「一夏君に言われて、一応は基礎体力をつけるように運動してましたから……でも、さすがにキツイですよ」

 

「だいたい、本音ちゃんは随分前から専用機を持ってるのに、基礎体力が低すぎるわよ」

 

『本音は土竜を使わずにVTSで遊んでばっかりだったから、実際にISを使った戦闘の経験はそれほど多くないから仕方ないんじゃない?』

 

「そうは言ってもね……」

 

「あの、誰と話してるんですか?」

 

 

 ごく自然に木霊が話しかけてきたので、碧も普通に返答した。だが、木霊の声は碧を除けば一夏にしか聞こえないので、ここにいる三人には、碧が急に一人で会話を始めたようにしか聞こえないのだ。

 

「えっと、この子――私の専用機の木霊とちょっとね」

 

「そういえば、更識製の専用機は、持ち主である人物にだけ声が聞こえるんでしたね」

 

「マドマドやカルカルの機体のように、人の姿になっちゃうやつもあるけどね~」

 

「……布仏さん、回復も早い」

 

 

 まだ一人バテている香澄は、さっさと回復して立ち上がった本音に驚きの目を向ける。

 

「さて、日下部さんが回復したら今度はVTSを使った訓練ね。本音ちゃんはパスワード、持ってるでしょ?」

 

「いっちーが管理してるから、分からないけどね~」

 

「……じゃあ一般生徒用のIDでログインして。訓練機だけだけどそれなりに訓練にはなるわよ。三人のバトルロイヤルで良いわよね」

 

「あの……私、補習ギリギリだったんですけど」

 

 

 腐っても専用機持ちである本音と、優秀な成績を収め、その結果専用機を与えられることになった静寐と戦わなければならないと言われ、香澄は少し顔を蒼ざめていた。

 

「大丈夫よ。ちゃんと日下部さんも成長してるから」

 

 

 碧の慰めともとれる言葉は、香澄の表情を元に戻すまでの威力を持たなかったが、それでも多少はマシになったので、碧は三人をVTSルームへと連れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名目上はテストパイロットであるために、マドカは現在、束の移動型研究ラボに来ていた。

 

「いやいや~、まーちゃんもIS学園に通うようになって一段と成長したね~。特に、去年まではほぼなかった胸のふくらみが――」

 

「やることが無いのなら兄さまの所へ帰りたいのですが」

 

「少しぐらい束さんとのコミュニケーションに付き合ってくれてもいいじゃないか~! ……まぁ仕方ない。早速だけど白式のデータを取らせてね。いっくんの側にいるだけで、ISの性能は束さんの予想値を大幅に超えてくるからね~」

 

 

 楽しそうな口調で、だが動かしている手は全く無駄がない。曲がりなりにも天才と称されるだけはあるな、とマドカは束の手を見てそのような事を考えていた。

 

「まーちゃんはいっくんの側にいられて幸せ?」

 

「はい。兄さまの側にいられるのなら、私は他の何も欲しません。側にいられるだけで幸せなのです」

 

「そうだよね~。失踪した織斑の屑親たちがまーちゃんを手放した事が、いっくんとの再会に繋がってるんだよ。まぁ、いっくんが束さんにまーちゃんの処遇を任せた時から、この子は束さんのものって決めたんだけどね」

 

「それで、私が兄さまの側にいられる事に幸せを感じるのと、白式のデータと、なんの関係があるんですか?」

 

 

 聞かれたのでとりあえず答えたが、マドカには今の質問にどのような意図が含まれているのかが分からなかった。分からないことは聞けばいい、それがマドカの考えだった。

 

「ん~? ちょっとうちの愚妹がいっくんに固執しすぎてたな~って思ってさ。近くにいたのに離れ離れになったのは、まーちゃんも箒ちゃんも一緒だなって思ってさ。まぁ、状況が違いすぎるから、参考にはならなかったけども、箒ちゃんが亡国機業に身を落とした理由は、やっぱり箒ちゃんの弱さなんだって実感したよ。すべてをいっくんの所為にして、自分は悪くないと開き直る、そんな弱さにつけこまれたんだなって」

 

「束様……」

 

 

 真面目に語る束に少し感動を覚えたマドカ。だが、その感動も次の瞬間には全て台無しとなった。

 

「まぁ、あの箒ちゃんがいなくなった事で、いっくんはより研究に集中できるだろうし、束さんも愚妹の尻拭いをしなくて済むと思うと、いなくなってくれてありがとうだよね~」

 

「束様……私の感動を返してください」

 

「返せって言われてもな~。束さんが貰ったわけじゃないし」

 

 

 白式のデータをモニターに表示しながら、束は楽しそうに笑った。マドカは詳しく知らないから驚かないが、束がこれほど楽しそうにしてるのを織斑姉妹、及び一夏が見たらかなり驚くだろう。

 

「やっぱり束さんが予想した成長速度よりも早いね~。いっくん効果かな?」

 

 

 自分が楽しんでいるなど気づかないままに、束は更に楽しそうな笑みを浮かべるのだった。




やっぱり駄兎は駄兎だった……

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