静寐が専用機持ちになって数日後、IS学園もいよいよ夏休みへと突入する。海外組は帰国の準備などで忙しそうにしているが、更識所属の面々も、学業で免除されていた所属先の訓練などで予定は埋まっていた。
「せっかくの夏休みなのに、今更代表の合宿なんて意味ないじゃない! 候補生だけでやればいいじゃん!」
「気持ちは分かりますが、お嬢様は国家代表なんですから、国同士の交流会などで忙しい事には変わらないと思いますが」
「おね~ちゃんも、企業間の交流で忙しいんだっけ? 大企業の代表も大変だね~」
「本音は? 何も予定無いの?」
候補生として合宿に参加しなくてはいけない簪が、少し恨みがましい口調で本音に尋ねる。
「私は更識所属ってだけだからね~。特に予定は無いよ~」
「じゃあ、私の訓練相手になってもらおうかしら」
「み、碧さんの相手なんてしたら、死んじゃうよ~」
「……あの、なんで俺と美紀の部屋で駄弁ってるんですか?」
当然の疑問だと思っていた一夏だったが、美紀以外の共感は得られなかった。
「だって、今後の話し合いをするには、一番邪魔が入りにくい場所でするのが普通でしょ? そんな場所、生徒会室か一夏君たちの部屋しかないじゃない」
「別に秘密ってわけじゃないんですし、食堂でも良いじゃないですか」
「一夏、自分の人気を自覚してないね。一夏の予定を知られたら、他の連中――じゃなかった。他の人たちに一夏の予定を取られちゃうじゃん!」
「……簪ちゃんも、中々刀奈お姉ちゃんに毒されてるよね」
美紀の言葉に、一夏も激しく同意したい気持ちだったが、そのことはとりあえず置いておくことにした。
「大体、俺はナターシャさんの亡命の根回しとか、デュノア社との合同会議に付き添ったり、それぞれの専用機の調整やアップロードなどでほぼ予定が埋まってるんですけど」
「それでも、何日かはお休みがあるでしょ? そこは全員で遊びたいじゃない」
「空いている日は、静寐や日下部さんの訓練に付き合おうと思ってるんだが……あっ、あとエイミィの訓練にも付き合う予定があるし……休みって言われてもですね」
「兄さま、怒涛の忙しさですね……始まってもないのに、すでに夏休みが終わりそうな勢いです」
「マドカだって、数日間は束さんの研究所に行くんだろ? 仮にもテストパイロットなんだから」
「そうなると、夏休みの予定が無いのって本音だけだね」
簪の一言に、本音が何故か胸を張った。
「一日中のんびり過ごすのだ~!」
「……簪や美紀が訓練の日は、お前か碧さんで俺の警護に当たるんだが」
「いっちーの側で過ごすなら問題ないのだ~!」
「……不安だから海外に行くときは碧さんにお願いします」
「分かりました」
本音の態度に一抹の不安――どころではない不安を抱いた一夏は、海外に行く際には絶対に碧に護衛してもらおうと決心した。
一夏たちが部屋で話をしている頃、海外組も一ヶ所に集まって話し合っていた。その中には、何故か日本国籍の静寐も混じっていた。
「エイミィに呼ばれたから来たけど、なんの集まり?」
「私もよくわかってない。でも、なんだか一夏君に都合の悪そうな展開だったから……」
自分一人では対処できない可能性が高い、と視線で伝えたエイミィの思いは、しっかりと静寐に伝わっていた。
「お兄ちゃんと遊べないのはずっと残念だが、何とか一日だけでも時間はもらえないだろうか」
「一夏さんがお忙しい理由が理由ですから……国際問題に発展しそうなことはもうこりごりですわ」
「何? あんた、なんかやらかしたの?」
「わ、若気の至りですわ! と、とにかく、一夏さんの『お仕事』を妨害したとなれば、それ相応の処罰が課せられますわ。それも、個人的に」
「千冬先生と千夏先生だね。僕も仕事で何度か一夏と会う予定しかないし、少しは学生らしい事をしてみたいよね」
すでに不穏な空気が漂う会話が繰り広げられており、静寐とエイミィはどうしたものかと頭を悩ませている。
「そういえば鈴さん、お友達からヘルプの電話があったというのは本当ですの?」
「急に何よ? ……あぁ、あの馬鹿二人の事? よく知ってるわね」
「何? 鈴のボーイフレンド?」
「腐れ縁よ。小学校五年から中学二年までの間、つるんで遊んでた馬鹿二人。一夏も知ってる連中よ」
「それで、この平和な日本でヘルプとは、いったい何をやらかしたんだ、そいつらは?」
軍人の性なのか、ラウラがこの話題に喰いついてきた。このまま脱線したまま終わってくれないかと願う二人だが、その願いは叶う事は無かった。
「赤点取ったから一夏に勉強会を開いてもらえないかって、あたしに相談されただけよ。一夏は忙しいから無理じゃないって答えたけど」
「やはりお兄ちゃんは頼りになる人だな! でも、もう少し頼りなくても良かった気がするが」
「確かに、頼り切っちゃうと一夏が忙しくなるだけだもんね……僕やラウラもだけど、他の人も一夏に助けてもらってるし」
「一夏さんのお仕事をお手伝いできればいいのですが……」
「あ、あの! 一夏君を休ませてあげようとは思わないの? 忙しいんなら、なおさら休ませた上げた方が好感度が上がると思うんだけど……」
苦し紛れのエイミィの言い分は、意外なことに海外組に効果があった。
「確かにそうだな。適度な休養は必要だ。うむ、私はお兄ちゃんの邪魔はしないと誓おう!」
「私も。少し寂しいですが、一夏さんからのお誘いを待つだけにしますわ」
「僕も一応は手助けが出来るように頑張ってみるよ。それ以外は邪魔しないようにしなきゃ」
「アタシは馬鹿二人と遊んだりするから、その日一夏が暇なら誘ってみようかしらね」
何とか一夏の予定の邪魔を防いだエイミィの背後で、静寐が四人に見えないように拍手を送っていた。
「結局、私必要なかったじゃない」
「静寐がいてくれたから、何とか頑張れたんだよ」
小声で話す二人の事は視界に入らず、四人は一夏の邪魔をしない程度に計画を練るのだった。
海外組の計画は実行されるのか……