静寐が部屋に戻ると、ルームメイトのマドカが専用機の白式と会話をしていた。
「あ、お帰りなさい、静寐さん」
「ただいま。これからはマドカさんの後輩になるのかしらね」
「後輩? 私は兄さまより一つ年下なのですが?」
「そうじゃなくて、専用機持ちとしてと更識所属の後輩よ。マドカさんの方が歴は長いでしょ?」
マドカの勘違いを指摘しながら、静寐は苦笑いを浮かべる。普段一夏たちが苦労してるんだな、と実感してしまったのだから、仕方ないのかもしれないが。
「別に改まる必要はないですよ。私は更識所属ってことになっていますが、正確には篠ノ之博士のテストパイロットですから」
「そうですよ。私も更識が開発したのではなく、篠ノ之博士が造り上げたのを一夏さんが改良してくれただけですから」
「さらりと言ってるけど、それって喋ったらダメなんじゃない?」
機密情報ではないのかもしれないが、結構重大なことをサラリと言ったマドカと白式に、静寐は今更ながらツッコミを入れた。
「他の人ならまずいかもしれませんが、静寐さんは既に更識所属になったのですよね?」
「え、えぇ……」
「なら問題ないですよ。万が一情報が漏れたら、それは静寐さんからだってすぐ分かりますし」
「……怖い事言わないでよ。間違っても口を滑らすなんてことは無いから安心して」
さすがは一夏の妹だ、と静寐が感心してる横で、白式が静寐の身体をジロジロと見渡しているのがマドカは気になっていた。
「何してるの、白式」
「いえ、静寐さんの専用機はどこかなーって」
「いくら兄さまたちが優秀でも、所有者が決まってすぐに専用機を完成させることは不可能ですよ。それくらい白式にも分かるでしょ?」
いくら更識所属になったとはいえ、静寐にも言えないことが多々ある。そのうちの一つが、実は専用機は一夏が一人で造っている、ということだ。マドカも白式もそこは心得ているので、口裏を合わせたかのように嘘を続けていく。
「ところで、専用機って学園で造るのよね? 更識の技術者がこっちに来るってこと?」
「詳しいことは私も知りません。更識企業の中でも、開発部は限られた人しか情報を持っていませんので」
「学園で言うなら、一夏さん、刀奈さん、虚さん、簪さんの四人ですかね。碧さんも知らないはずだって木霊が言ってましたし」
詳しく言えないことは、それっぽい嘘で誤魔化し、信憑性を増すために教えても構わない真実を織り込む。この徹底ぶりが、今まで一夏の秘密を隠し通してきた秘訣でもあるのだ。
「そうなんだ……更識企業って秘密が多いのね。外にも内にも」
「そうでなければ、IS業界のトップを維持し続けられませんからね。優秀な人材だけでは、トップを維持し続けることは不可能だ、というのが更識の考え方らしいので」
「でも、シャルロットさんの実家――デュノア社を傘下に加えて、ますますIS業界での地位を高めたんだから、少しくらい油断しそうなんだけどな……トップがよほど優秀なのね」
「楯無様は滅多に顔は出しませんが、確かに優秀な人ですよ。美紀さんのお父さんらしいですけど」
「何回かは見たことがあるわ。重大発表の時には必ずテレビに出てたし。一夏君もだけど」
表向きの当主である尊と、真の当主である一夏が、更識関連の発表でテレビに出ていても不思議ではない。とはいっても、二人とも出来ることならテレビになど出たくないのだが、発表しなければ暴動が起こるかもしれないと脅されては、さすがの暗部組織の当主でも屈せざるを得ないのだ。
「更識企業は、IS界の発展に著しく貢献してるものね。更識所属の人間が個人でISを所有してても怒られないのも何となく分かるわ」
「現役の国家代表と候補生、元世界最強までもが更識所属でしたからね。逆らえば企業ごと国籍を変えることだって可能ですから。日本としては認めざるを得ないですし、他国で採用してる訓練機も、殆どが更識製ですから。友好関係を続けていくには、それくらいの事は認めるしかないんですよ」
一種の脅しだが、更識企業と事を構えたい国など、どこを探しても存在しないだろう。
「とりあえず、静寐さんが個人的に専用機を持つことについては、兄さまと姉さまたちが了承を得てるから心配ないそうですよ。文句を言った国があれば、今頃その国は世界地図から姿を消していたでしょうが」
「……貴女の身内、恐ろしい事を平気でやりそうだものね。武力でも知力でも」
「千冬さんと千夏さんも専用機を所持したままですからね。あれは篠ノ之博士から贈られた機体ですし」
「姉さまたちが管理してるらしいですけど、普段から身に着けてなくていいのでしょうか?」
暮桜と明椛は、現在寮長室で保管されている。織斑姉妹が専用機を使って暴れると大変だから、という理由らしいのだが、それが原因でこの前の襲撃事件の際に駆けつけるのが遅れたのだ。
「兄さまに管理してもらえば一番なのでしょうけどね」
「織斑先生って、確か片付けとかが苦手なんだっけ?」
「私が喋った、というのは秘密ですからね。私はまだ死にたくないですし」
「分かってるし、誰かに喋っても信じてもらえないだろうしね」
凛としてしっかり者のイメージを世間が作り上げているので、本当の織斑姉妹の実態を話しても大抵の人間はそれが真実だとは思わないのだ。
マドカと静寐はそろって苦笑いを浮かべ、織斑姉妹がこの話を聞いていない事を願いながら談笑を続けたのだった。
やっぱり駄姉だな……