一応の勝者となった静寐は、約束通り生徒会室を訪れようとして――今更ながらに事の重大さを感じ始めていた。
「(専用機持ちになる、ってことはそれなりの覚悟が必要なはず。あんなバトルロイヤルで決めていいものなのかしら……いくら一夏君や更識先輩たちが話を纏めてくれたとしても、どこかからは絶対にクレームが入るわよ。そうなると私も対処に追われる事になるのかしら……)」
生徒会室の前で立ち止まり、長考している静寐の背後から、呆れたような声がかけられた。
「そこで突っ立ってると邪魔だぞ」
「うわぁ!? ……なんだ、一夏君。脅かさないでよ」
「別に驚かすつもりもなかったし、その考えは無意味だから気にするな」
「え?」
自分の考えが分かってるかのように話す一夏に、静寐は一瞬すべての動きを止め一夏を見つめた。
「……そんなに見られると恥ずかしいんだが。いくら静寐は大丈夫だといっても、限度というものは何にでもあるだろうが」
「ごめん……じゃなくって! 一夏君、なんで私が考えてたことが分かるのよ」
「思いっきり顔に書いてある」
あっさりと種明かしをした一夏は、生徒会室のドアを開き、そのまま静寐を中へ案内した。静寐も案内されるがままに生徒会室へと入っていく。
「あっ、一夏君お帰り~。それと、貴女が鷹月静寐さんね。生徒会長兼日本代表の更識刀奈よ」
「肩書だけは立派ですね……三年の布仏虚です」
「あっ、はい! 一年の鷹月静寐です。よろしくお願いします」
畏まった挨拶をする静寐に、一夏は苦笑いを浮かべながらコーヒーを差し出した。話が長くなるかもしれないという一夏の合図なのだが、生徒会役員ではない静寐にはそのことが伝わったかどうか微妙なところだ。
「それじゃあ鷹月さん、どこまで説明を受けているのかしら?」
「えっと……篠ノ之博士が造ったコアを更識企業が譲り受け、そのコアでIS学園所属の生徒に専用機を造る、というところまでは聞いてます」
「そ……代表でも候補生でもないのに専用機を持つ、ということについて思うことはある?」
「そうですね……さっきまではいろいろと考えていたんですが、入り口前で一夏君に『その悩みは無意味だ』って言われてからは考えないようにしてます」
ちらりと一夏に視線を向けると、彼はコーヒーを啜りながら書類に目を通していた。静寐には、それが何の書類なのか分からないが、おそらく自分に関係してるものだろうと解釈した。
「考えないようになったのは立派ね。マドカちゃんや本音は最初から何も考えてなかったんだけど……」
「あっ……そういえばあの二人も専用機を持ってますが代表でも候補生でもないですね」
「まぁ、本音は更識所属、マドカさんは篠ノ之博士のテストパイロットという理由で納得させたんですが……一夏さんとお嬢様が世界を相手に説得をして」
「説得じゃないわよ! ちょっとお願いしただけよ」
更識の『お願い』が、普通のお願いでは無い事くらい、静寐にも想像できたが、そこを深く聞くと自分も「そちら側」に引き込まれそうなのでやめておいた。
「何か誤解してるみたいだが、更識所属になるからといって、更識の秘密を全部知れる訳じゃないからな。シャルロットやエイミィも更識所属だが、内情は殆ど知らせてないからな」
「本音も殆ど知らないって言ってなかった?」
「本音とマドカには、必要最低限の情報しか与えてない。なんか不安だからな、あの二人は」
一夏の零した愚痴に、刀奈と虚も苦笑いを浮かべ肯定の意を示す。
「えっと……それじゃあ鷹月静寐さん、この書類にサインをお願いできるかしら」
「書類? 何かの契約書ですか?」
「読めばわかるわよ。別に人身売買の同意書とかじゃないからそこまで緊張しなくてもいいわよ」
それが刀奈の優しさだと、一夏と虚には伝わったが、あまり面識のない静寐には伝わらず、刀奈の冗談は効果を発揮せず流されてしまった。
「一夏君、コーヒーお代わり!」
「そんなに飲むと眠れなくなりますよ? 刀奈さん、そんなにコーヒーを飲む方じゃないんですし」
「そうなったら一夏君の部屋に遊びに行くからいいもん」
「織斑姉妹と終日デートしたいのでしたらどうぞ」
「……やっぱりお茶を頂戴」
さすがの刀奈も、織斑姉妹とのデートは避けたいようで、一夏の脅しにあっさりと屈してしまった。苦笑いを浮かべながら刀奈にお茶を淹れ手渡した一夏は、再び書類に目を通したのだった。
「一夏さん、アメリカからまた抗議の書面が」
「銀の福音のデータはすべてアメリカに送ったはずですし、束さんが例の暴走事件の真相を明らかにしてアメリカに伝えたはずなんですがね……そんなに破滅したんでしょうか」
「コアはアメリカの物だから、それだけでも返してほしいとの事です」
「抗議じゃなく嘆願ですか……福音自身が帰りたくないと言ってる以上、こちらからは何とも言えないと返事を出しておいてください」
「分かりました」
「(生徒会の仕事って言うより、更識の仕事だったんだ……)」
書類に目を通していた静寐は、二人の会話を聞いたことを後悔していた。だが、同じ部屋にいて、普通に話している二人の声を聴くな、という方が難しい話だと静寐は開き直り書類にサインをするのだった。
「はい、これで貴女も更識所属ね。専用機が完成したら、一夏君から連絡がいくわ。それから、専用のVTSパスワードも一夏君が設定してくれるから、くれぐれもそのパスワードをなくさないようにね」
「分かりました」
「よろしい」
まだいろいろと混乱することはあったが、とりあえず静寐は更識所属になった喜びをかみしめていたのだった。
一夏の脅し、ほぼ全員が大人しくなりそうだ……