木霊のフィッテングとパーソナライズを済ませた一夏は、さすがに疲れたのかその場に座り込んで寝てしまった。
『こうして見ると、どれだけ天才的な頭脳を持っていてもまだ子供なんですね』
「当たり前でしょ。一夏君はまだ小学三年生、九歳なんだから」
『我々ISからすれば、一夏さんは生みの親ですけどね』
「貴女たちの生みの親は篠ノ之束でしょ」
『私は一夏さんが造られたコアを動力源とした、一夏さんが製造したISですので。IS全体の生みの親は確かに篠ノ之束かもしれませんが、私に限って言えば生みの親は一夏さんです』
木霊のツッコミどころの無い説明に、碧は思わず頷いてしまった。IS全体の生みの親と、彼女自身の生みの親は確かに違う。人類の生みの親と、一個人の生みの親が違うのと同じなのに、何故一色単に考えてしまったのかと少し恥ずかしく思っていた。
『まぁ、厳密には創造主であって生みの親とは違うんですけどね』
「私の感動を返せ!」
あっさりと掌を返したような事を言いだした木霊に、碧はすぐそばで一夏が寝ている事を忘れて大声でツッコミを入れてしまった。
『お静かに! 一夏さんが寝てますし、そろそろ合宿所に戻らなければいけない時間ですよ』
「へ? そう言えばそんなにノンビリしてる暇は無かったんだっけ……でも、ご当主様には挨拶しておかなければ」
『なら、早く行きましょう。合宿所に戻るのが遅れたら、最悪代表取り消しなんて事態にもなりかねませんよ』
「……でも、私一人だとご当主様の部屋までたどり着けるかどうか」
『ご安心を。私を持ち運べばその方向音痴も治るはずですから』
そう宣言されても、碧は自分の方向音痴が治るなどとは思えなかった。だがここでその事を話しあっている時間すら惜しい状況だったので、碧は木霊を待機状態へと変換し、急ぎ当主の部屋へと向かった。
「あ、あれ?」
普段なら数分から数十分掛かる移動時間が、ものの一分で目的地へと到着する事が出来、碧は落ち着きを失い周りをキョロキョロと見渡してしまった。
『どうしたんです? 挨拶をして合宿所に戻るんじゃなかったんですか?』
「そうなんだけど……本当にここがご当主様の部屋だったのかに自信が持てなくて……」
『どれだけ方向音痴だったんですか、碧は……私にインプットされている更識家内の地図でも、この場所は間違いなくご当主の部屋です。もう少し自分の記憶力に自信を持って下さい』
ISに呆れられながらも、碧は何とか冷静さを取り戻し楯無に挨拶をすべく部屋へと入る。もちろんシッカリとノックをし入室の許可を貰いながら……
束から専用機を受け取った千冬・千夏姉妹は、慣らし運転も兼ねての模擬選を行っていた。ちなみに、千冬の専用機が『暮桜』で千夏の専用機は『
『暮桜』は近接戦オンリーの機体で『明椛』は遠距離オンリーの機体、完全にペアマッチにしか使えない機体だと言えよう。――操縦者が織斑千冬と織斑千夏以外だった場合は。
この姉妹は見た目から好み、家事が出来ないと言うところまでそっくりなのだが、唯一ISの特性は全く正反対だったのだ。千冬は近接戦が得意で、千夏は中遠距離が得意。実にペアマッチに適した特性であり、双子故に相手の動きは見るまでもなく理解してしまうのだ。
それ故に、この模擬戦も互いの攻撃を一度も喰らう事無く、一度も当てる事もなく時間だけが経過している。
「やっぱりこの二人は別格ね……」
『あれが織斑姉妹、ですか……一夏さんの実姉でありながら、一夏さんの記憶には全くその存在が覚えられていない悲しき存在』
「それ、本人たちには言っちゃダメだからね」
『大丈夫ですよ。それよりも、碧はさっき私が言った事を忘れてるのですか? 私の声は貴女と、一夏さん以外には聞こえないのですから、今貴女は独り言をぶつぶつと呟いている痛い人ですよ』
「(覚えてるけど……どこでそんな表現を覚えてくるのよ!)」
『貴女の記憶と語彙から得ました。意外と的を射ている表現だと思うのですが』
確かに的は射ていたかもしれないが、ISが使う表現にしては適当とは言えなかったかもしれないと碧は思っていた。
「ふむふむ、これがいっくんが造ったISか~……うわぁ! もう第二世代を造れるなんて、さすがは束さんのエンジェル!」
「だ、誰!? って篠ノ之束!?」
「やーやー、私が天才束さんだよ~。お前がいっくんの保護者的扱いの小鳥遊とかいう女だね」
「てか、何故一夏さんがISを造れる事を知っているのですか」
更識内では緘口令を敷かれているし、このISも更識が独自開発したと言う事しか発表されていない。一夏がISを造れる事も、その動力源たるコアを造れる事も更識外の人間は知らないはずなのだが、束はあっさりとその事実を言い当てた。
「束さんに知らない事など存在しないのだ! あっ、いっくんの事だけだからね! 有象無象のゴミの事なんてどうでも良いし」
「その事を千冬さんと千夏さんには……」
「言ってないよー。束さんには関係ないとはいえ、緘口令は必須だと束さんも思ったからね。ちーちゃんとなっちゃんは口が軽いし」
「そうですか……良かった」
「本当はお前になんて言いたくないけど、いっくんを護ってあげてよね。あの子は私たちの所為で人生を狂わされちゃったから」
他人の事など二の次で、自分さえ楽しければそれでいいと世間から思われており、実際殆どの人間の事など考えていない束が、一夏の為に碧に頭を下げた。その事に驚きながらも、碧は力強く頷いたのだった。
迷子にならなくなっただけで、碧の評価は格段に撥ねあがります