一夏指揮の下、銀の福音の解析作業はあっさりと終了し、暴走の原因は福音自体には無い事が判明した。
「つまり外部から何かしらの細工をされ暴走したのか、それともアメリカがシステム自体に暴走するようにプログラミングしたか、のどちらでしょうね。最悪、両方ってこともあり得そうですが」
一夏は木霊が録画した映像から、亡国機業の関与はほぼ百パーセントだと思っている。だがアメリカに肩入れをした理由は、一夏にも理解できていなかった。
「虚さんと簪はどう思いますかね。亡国機業がアメリカの計画に加担して、得はあると思いますか?」
「何か得があるから加担したのでしょうが、その『得』が何なのかは私たちには知りようがありませんし……」
「それもだけど、亡国機業が篠ノ之さんを攫った理由もわからない……学園の訓練機、ほぼ全てから嫌われている篠ノ之さんが戦力になるとは思えないし」
「VTSでは使えるんだし、血のにじむ努力でもさせるんじゃないか? まぁ、あいつに使えるISがあるのなら、だけどな」
一夏はとりあえずの解析結果を更識へ転送し、モニターの電源を落とした。
「特に不審なものは組み込まれてないから、このままナターシャさんに返しても問題ないだろう」
「そのことですが、ナターシャさんの臨時教員としての採用が決定しました。非常勤ではなく常勤です」
「学園も考えることは一緒か……非常勤にしてつけこまれる隙を作るより、常勤にして監視しようってことなんだろうな……まぁ、あれが演技とは思えないし、福音は彼女のことを気に入ってるから、問題は無いとは思うんだが」
「一夏らしくないね。人を疑うことが仕事みたいな一夏が、あっさり信じるなんて」
「何気に酷いな……まぁ、人は疑うがISは疑わない。この子たちは純粋に人間を見ることが出来るからな。福音が認めた相手なら、さほど問題はないだろうし、実際に話した感じも良かったし」
初対面でも緊張しなかったのは、福音からナターシャ・ファイルスという女性の人となりを聞いていたからだ。もし前情報が無ければ、もしかしたらまともな尋問は出来なかったと一夏は思っていた。
「さてと、後は更識で調べてもらうだけだからな。俺たちも部屋に戻りますか」
「その前に、一夏さんは職員室に行ってください。密漁船の事で日本政府と海上保安庁から聞きたいことがあるそうですので」
「面倒だな……あくまでも可能性の話だったんだから、俺が手引きしたわけないだろうに」
何を聞かれるか想像がついている一夏は、やれやれと首を振りながら職員室へと向かう。その後ろ姿を虚と簪は複雑な思いで見送ったのだった。
「一夏さん、かなり疲れてますね」
「仕方ないよ。銀の福音の暴走、篠ノ之さんの失踪、織斑姉妹と篠ノ之博士へのお説教、ナターシャさんへの尋問と各方面への交渉、学園に戻ってきてすぐにその反応に対する返事と、銀の福音の解析、それが終わったと思ったら今度は事情説明だもん。さすがに一夏も疲れる」
簪が上げた一夏の仕事量は、普通の高校生ならあり得ないものだ。だが普通ではない一夏でも、さすがにその量は多すぎると虚も簪も思っていた。
「一夏さん、どこかで倒れなければいいですが……」
「そろそろ夏休みだし、一夏もどこかで一息入れると思うけど……」
二人の頭の中には、一人の少女の姿が思い描かれていた。その人物が一夏に負担をかけなければいいが、と密に願うのだった。
妹と従者にそんなことを思われてるなど露知らず、刀奈は一夏の部屋で談笑していた。
「それで、闇鴉と白式とスサノオが擬人化して、結局九人部屋だったんだ」
「そうですね~。なんで擬人化したのかはわからなかったですけど~」
「……お二人は仕事しないんですか?」
「兄さまたちは忙しそうでしたが?」
「人には向き不向きがあるの。今回の件は私たちに不向きなんだよ」
刀奈の言うことも一理あるが、だからって遊んでていい理由にはならないと美紀は思っていた。ただでさえ最近の一夏は忙しそうだったのに、国際問題にまで巻き込まれさらに忙しくなっている反面で、こうして談笑してる自分が情けないとさえ思っている。
「やっぱりここにいましたね。お嬢様、一夏さん不在の間に溜まった仕事がまだ残ってますが?」
「一夏君が戻ってきたんだし、後で一緒に片付ければ大丈夫よ。もちろん、一夏君にじっくりと休んでもらった後でね」
「え? 刀奈お姉ちゃんは一夏さんに甘えるために部屋に来たんじゃないんですか?」
刀奈の言ったことが信じられず、ついつい問いただす勢いで美紀が刀奈との距離を詰めた。その反応に、刀奈は苦笑いを浮かべた。
「美紀ちゃんが私のことをどう思ってるかが分かった気がするけど……甘えたいけど今は一夏君を休ませるほうが先決よ。あんなにふらついて、どれだけの仕事をこなしたんだか」
「新たな敵、かもしれない相手が現れたんですから、一夏さんも気が張ってしまいますよ……」
「そういえば、マドマドはあの組織のことを知ってるんだよね?」
「はい……亡国機業は私が元々所属していた犯罪組織。何故兄さまの周りに付きまとうのかは分かりませんけど」
「はいはい、暗いお話しはそろそろ止めにしましょう。一夏君が帰ってきたとき、部屋の雰囲気が暗かったら気にしちゃうでしょ?」
「さすが刀奈ちゃん、普段だらけてるけど決めるところでは決めるのね」
「……碧さん、いつの間に」
不意に現れた碧に、全員が驚いた表情を浮かべる。その表情を見て、碧は満足そうに微笑んだのだった。
いいところを碧さんに持っていかれたような気が……