開発部に到着した碧の目に飛び込んできたのは、まるで精霊のような雰囲気を纏ったISだった。おそらくはこれが碧の専用機なのだろう。
「えっと……これって一夏さんが考案したものですよね?」
「うん。他の人に手伝ってもらったけど、一応は僕が造った、碧さんの専用機だよ」
無邪気に宣言した一夏だったが、碧はその一夏のテンションには着いていけず、気になった事を一夏に尋ねる。
「一夏さんが造った、と仰いましたけども、それはコアを、という意味ですよね?」
「ううん。機体も僕が造ったんだよ!」
褒めて、と言わんばかりに視線を向けてくる一夏に、碧は言葉を失った。ISの開発は今だ何処の国も苦戦を強いられている状況なのに、一夏はそれを自分でやったと言っているのだ。ところどころは大人の手を借りたのかもしれないが、それでも小学三年生の子供が出来る仕事では無い。
「……もしかして、気に入らなかったの?」
「い、いえ! そんな事はありませんよ。ありがとうございます、一夏さん」
泣きそうになった一夏を見て、碧は慌てて一夏の頭を撫でながらお礼を言う。撫でられてお礼を言われた事が嬉しかったのか、一夏はすぐに泣きそうな顔から満面の笑みへと表情を変えた。
「この機体の名前とかは考えてあるの?」
「うん! この子の名前は『木霊』だよ。森の精霊だけど、一説では人を迷わせる悪い子だけど、この子は道に迷わせる事無く、それどころか道を教えてくれる良い子なんだ。これなら碧さんの方向音痴も治ると思うよ」
「そ、そうなんだ……」
まさか一夏にまで自分の方向音痴を心配されていたとは思ってなかった碧は、複雑な思いになりながらもISに近づく。
「じゃあフィッテングをしてパーソナライズをしちゃおうよ! そうすれば『木霊』は完全に碧さんの専用機になるからさ」
「そうね。ところで、それも一夏さんが?」
「うん。でも時間が掛かるかもしれないから勘弁してね」
そう言いながらパネルを操作し始める一夏。碧は木霊を纏いながらその作業を見詰めていた。
『貴女が私の操縦者ですか?』
「へっ? 一夏君、何か言った?」
「ううん。木霊じゃない?」
あっさりと言った一夏だったが、碧はその事を簡単に受け入れられなかった。
「ISって喋るの!?」
「? 最初から喋ってるよね?」
「そんな事ないけど……」
『一夏さんは我々の声を聞きとれる稀有な存在なのですよ。そして、一夏さんがお造りになったコアを使ったISである私は、操縦者である貴女と会話する事が可能なのです』
「そ、そうなんだ……」
『無論、他の人には聞こえませんので、碧は声に出さず心の中で私と会話するようにお願いしますね。私も操縦者が変人に思われるのは嫌ですから』
「りょ、了解……」
専用機に呼び捨てにされた事も気に出来ない程、碧は混乱していた。一夏がISの声を聞く事が出来るのも驚きだが、まさか自分もその声を聞く事が出来るなんて思ってもなかったのだから……
『武装などは後でモニターに表示しますが、私に積まれている武装で一番貴女に合うのはおそらくこの「フォレスト・ランス」ではないでしょうか』
「(直訳で森の槍……どういった効果があるの?)」
『突き出した先に森が出来たような幻影を見せ、相手の動きを鈍くさせます。碧が対戦相手と思っている相手にのみ有効で、観客や他の相手には何も見えません』
「(いきなり森が現れたら驚くわよね……)」
『動きが鈍ったところに一撃を喰らわせればそれなりにシールド・エネルギーを削れますし、相手のISに穂先が当たれば、相手からシールド・エネルギーを吸収する事も可能です』
「(それってかなり有効な手よね)」
『碧がそれを使いこなせれば、ですけどね』
ISに小馬鹿にされたような感じがして、碧は苛立ちを覚える。だが、木霊の言うとおり何もかも自分の操縦技術によるものなので、感情を表に出す事はしなかった。
『賢明な判断ですね。今ここで怒っても、一夏さんには何の事だか分かりませんからね』
「(貴女と付き合っていくのは大変そうね)」
『慣れて下さい。私も碧とは長い付き合いを望んでいるのですから』
「(でも、専用機って国から貸し出されるんでしょ? 貴女も同じように私が現役を引退したら返還しなきゃいけないんじゃ……)」
『馬鹿なんですか、貴女は? 私は日本政府からではなく、一夏さんから貴女に「贈られた」ISなんですよ。何で日本政府に返還されなきゃいけないんですか』
「(馬鹿って……でも確かにそうね。日本政府は一切介在してないんだから、貴女を日本政府に返す必要は無かったわね)」
同様に、日本政府からではなく「篠ノ之束」個人からISを渡される千冬・千夏コンビも引退してもISを政府に返す必要は無いのだ。
『私は一夏さんがお造りになった初めてのIS、いわば初号機と言えるでしょう』
「(何かのアニメに引っ張られて無い?)」
『別にそのような事はありません。一夏さんがお造りになった第二世代型ISとして、世界の愚か者共を驚かせるのです』
「(第二世代!? まだ第一世代もろくに開発出来てないのに……どれだけ凄いのよ、一夏さんは)」
第二世代、という言葉すらまだ世間では言われていないのに、一夏はほぼ一人で第二世代型ISを製造したのだと木霊は言う。碧はその事に驚きながらも――
「一夏さんならそれくらいは可能でしょうね」
――と、心の中で納得していた。
「終わったー!」
「もう? やっぱり一夏さんは色々と凄いですね」
一時間も経たずにフィッテングとパーソナライズを済ませた一夏に、碧は称賛の言葉を贈ったのだった。
一夏君は全てのISと会話出来ます