初日は海で遊んだりしただけの臨海学校の夜、大広間で夕食を摂る事になった一夏の隣には、セシリアとマドカが座っていた。
「セシリア、椅子座じゃなくて大丈夫なのか?」
「へ、平気ですわ……(この席を確保する為に、わざわざ美紀さんに土下座までしたのですから)」
本来なら護衛である美紀がセシリアの席に座ってるはずだったのだが、土下座までして頼みこまれたらさすがに美紀でも断れなかった。
「兄さま、この緑のものはなんですか?」
「ん? ワサビを知らないのか?」
「ワサビですか……食べてみます」
「えっ? ちょっ――」
ワサビを箸で摘み口へ運ぶマドカを止めようとしたが一歩及ばず。あまり辛いものが得意ではないマドカにとって、ワサビは初挑戦のはずだ。それを一山全て口に運べば――
「か、辛い! 兄さま、口が辛いです! 痛いです!」
――まぁこうなるだろう。
辛さと痛さでもがくマドカに、一夏は水を飲ませ背中をさする。
「ワサビはそのまま食べるんじゃなくって、刺し身につけたり醤油にとかしたりして使うんだよ。見た事無いか?」
「他人の食事してる姿なんてみませんよ。それに、更識所属の面々はあまり辛いものを食べませんし」
「言われてみればそうだな……皆甘いものばかり食べてるような気も……」
女子だから多少は仕方ないのかもしれないと思っていた一夏だが、改めて考えると甘いものの食べ過ぎのように思えて仕方なかったのだった。
「セシリア? さっきから震えてるけど……本当に大丈夫なのか?」
「も、問題ありませんわ……お箸が使い辛いのと、正座になれて無いだけ――」
「更識はいるか」
セシリアの言い訳の途中で、千夏がふすまを開けて大広間へ入って来た。
「はい」
「何でしょうか?」
「更識一夏の方だ」
簪も反応したので、千夏は一夏だけだと伝え簪を座らせた。
「ん? 織斑は何故涙目なのだ?」
「ワサビをそのまま食べてしまい、少し前までむせていたからでは?」
「そうか……」
夢想の世界へ旅立ちそうになった千夏を、一夏はとりあえず大広間から追い出す事にした。あまりだらしの無い姿を見られて威厳が無くなるのは教師としても人としても避けた方が良いと判断したからだ。
「織斑先生、話があるのですよね? ここで聞いても良いのでしょうか?」
「ん? あぁ、そうだな。聞かれるとマズイ事もあるだろうから外で話そう。織斑、オルコット、少し更識を借りるぞ」
熾烈な争奪戦があった事を見越してか、千夏はマドカとセシリアに声をかけてから大広間から出ていった。
「姉さま、何の用なのでしょう……私には聞かせられない事なのだろうか」
「ま、マドカさん……美紀さんを呼んでもらえないでしょうか? 私、そろそろ限界ですわ」
「最初から無理しなければ良かったのでは?」
足を崩し悲鳴を上げたセシリアにそうツッコミ、マドカは美紀に席交換の合図を送るのだった。
大広間から一夏の部屋へと移動すると、そこには千冬と耳と目と口を塞がれた箒が待っていた。
「……何故篠ノ之さんはそんな事に?」
「監視を怠るわけにはいかないが、千冬にも同席してもらわなければいけなかったのでな」
「では何故この部屋で? 織斑先生たちの部屋でも良かったのでは」
「いや……まぁ細かい事は気にするな」
既に散らかっているのだろうかと疑ったが、一夏はその事を追求する事は無かった。それよりも箒をここまでしてでも話さなければならない内容が気になったのだ。
「それで、何かあったのですか?」
「束からの追加情報だ。共同開発されたISの名称は『
「良く分かりましたね」
「これくらいなら束に調べられて当然だろう。まぁ、能力値とか細かな武装についてはさすがに分からなかったと言っていたが」
「遠距離主体と分かっただけでも十分ですよ。万が一の時に作戦を立てやすくなりますし」
チラリと時計に目をやり、一夏はそろそろ大広間に戻らなければ食事を摂る時間が無くなる事を確認した。
「それでは、俺は戻ります」
「何だ? 何か用事でもあるのか?」
「いえ、まだ食事の途中でして……時間もそろそろですし」
「そうだったな……料理ごとこっちに持ってくればよかったな」
「さすがにそこまでは……では、部屋に戻り次第篠ノ之さんは解放してあげてくださいね。何時までも目と耳と口を塞いだままではさすがに可哀想ですので」
一応の忠告を残し、一夏は大広間へと戻っていく。その姿を名残惜しそうに見送った千冬と千夏は、転がっている箒を持ち上げて自分たちの部屋へ戻る事にした。
「一夏のやつ、随分立派な目をするようになったな」
「あの目だけでご飯三杯はいけるな」
「わたしは五杯だ」
変な事で張り合う姉妹に、ツッコミを入れられる存在はここにはいなかった。唯一出来そうな箒も、今は喋れないし聞こえないのだから。
「さて、部屋に戻って来たわけだが……」
「このバカに片付けさせるか」
料理が運ばれてきた時はまだ綺麗だった部屋が、僅か数十分で目も当てられない惨状になっていたのだ。理由は明快、二人で酒盛りをしたからに他ならないのだが。
「おい箒、仕事をやろう」
「なんですか。さっきまで理不尽に拘束されていた私に何の用です」
「五分でこの部屋を綺麗にしろ」
「はっ? ……なんですかこの惨状は」
あちこちに転がっているビールの空き缶に、さすがの箒も絶句してしまった。実は口臭で一夏には二人が酒を呑んでいた事はバレているのだが、教師も大変なのだろうという事で今回は大目に見てもらったのだ。その事を二人は知らないが……
「つべこべ言わずに片付けろ」
「海の藻屑と消えたくないければ、きびきび動け」
「どんな理屈ですか……」
逆らうことのできない相手なので、箒は渋々掃除を始めたのだが、内心では――
「(これも全て一夏の所為だ。自由になったら抗議してやる)」
――反省の色もうかがえない事を考えていたのだった。
モッピーが可哀想……いや、気の所為か