浜辺に出てきた一夏を襲ったのは、幼馴染の容赦ないタックルだった。
「やっぱり一夏の目線だと高くていいわね~」
「おい、鈴! いきなり何をする」
「監視委員ごっこよ。アンタは監視台ね」
「あのなぁ……」
振り落とそうとすれば簡単に出来るが、一夏は抵抗を諦め鈴が飽きるまで付き合う事にした。最近遊べてなかった謝罪も込めての行動だが、その行動は周りに人を集める結果になってしまったのだった。
「更識君に肩車してもらってる!」
「あれって私たちもやってもらえるのかな?」
「そして早い者勝ちよ、きっと」
「……おい鈴、この騒ぎの始末はお前がやれよ」
「はいはい、これはアタシだけがやってもらえる事だから、騒いでも無駄だからね」
一夏の頭上から鈴が周りの女子に宣言すると、一組の専用機持ちたちが不満を爆発させた。
「何故鈴さんだけなのですの? 私たちだって一夏さんと触れ合いたいですわ」
「一夏はパンダじゃないわよ」
「そういう意味じゃないけどね。でも、僕も一夏の目線を体験してみたいな」
「お兄ちゃんに肩車してもらいたいぞ!」
「これは幼馴染であるアタシの特権なの! 小学生のころプールでやって楽しかったからまたやってもらおうって決めてたんだから!」
「聞いて無かったけどな……」
いくら説得を任せたからといって、頭上で大きな声を出されれば一夏も黙ってはいない。鈴が一人で決めていたと宣言した事にツッコミを入れたが、それが余計に騒ぎを大きくしてしまった。
「つまり鈴さんは、いきなり一夏さんに飛び乗ったと言うわけですのね」
「別にアタシなら一夏は気にしないでしょ?」
「まぁ、害意があれば闇鴉が撃退しただろうからな」
「……何気に怖い事言わないでよ」
「はい、鈴さんでしたから何もしませんでしたが、もし他の方でしたら今頃真っ二つだったでしょうね」
「……相変わらずいきなり人の姿になる奴だな」
一夏の隣に人の姿で現れた闇鴉に、一夏がツッコミを入れた。
「ほら、そろそろ下りろ。気が済むまで付き合おうとも思ったが、こんな騒ぎになるなら終わりだ」
「ちぇ、まぁ楽しんだから良いけどさ」
勢いを着けて一夏から飛び降りた鈴は、普段より楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「楽しそうだな、一夏」
「千冬先生、それに千夏先生も。何か用ですか?」
「お前の耳に入れておきたい事があってな。少し良いか?」
「構いませんが、お二人は篠ノ之さんの監視があったのでは?」
「緊急事態だからな、真耶に代わってもらった」
また押し付けたのでは、と疑ったが、取り合えす話を聞いてから判断しようと一夏は人気の無い場所へ移動する事にした。心配させないよう、美紀と簪にアイコンタクトで事情を伝えて。
人気の無い岩場に移動して、一夏は織斑姉妹に何があったのかを訊ねる事にした。
「人の気配はありませんね。それで、緊急事態とは?」
「先ほどあのバカから連絡があり、アメリカに不審な動きがあるとの事だ」
「不審な動き?」
「イスラエルと共同開発している第三世代型ISの運用試験が行われるらしいのだが、アメリカが何か仕出かすかもしれないとのことだ」
「それが分かっているなら、束さんが対応すればいいのでは……あっ、あの人は外交問題とか世界情勢とか気にしないのか」
千冬たちが何か言う前に自分で納得した一夏は、少し考えてから二人を正面に見据え真剣な表情を浮かべた。
「何かあれば――もっと言えば、この辺りに影響が出るようなら我々で対処せよ、と言う事ですね」
「察しが良くて助かる。更識所属の面々がいるので、わたしたちは後方支援にあたれるし、外交問題になっても、お前なら上手く対処出来るだろ」
「何かあればこちらが被害者ですので、俺が対応しなくても済むと思いますが」
「実は共同開発されたISのテストパイロットは私たちの知り合いでな。私情を挟まない為にも一夏が適任だと思う。小鳥遊も顔見知りだからな」
「はぁ……なにも起こらないのが一番でしょうが、束さんが懸念するくらいですからそれはなさそうですね」
うさ耳マッドを思い浮かべ、一夏は小さくため息を吐いた。束は快楽主義な面もみられるので、アメリカの計画を束が乗っ取る、などという展開も大いに懸念されるところなのだ。
「気になるのは、七月七日がバカ箒の誕生日だと言う事だ。余計な事をしないように釘は刺しておいたが……」
「五寸釘でも無ければ意味が無いでしょうね。いっそのこと杭でも打ち込めればいいのですが」
「束の事だ、余計な事を仕出かす確率の方が高いだろう。更識所属の奴らにはお前から説明しておいてくれ。小鳥遊は既に知っているがな」
「分かりました。ところで、共同開発の第三世代型ISのデータは無いんですか? 万が一に備えて調べておきたいのですが」
「開発中のISのデータは国家機密に値する。さすがに手に入れる事は出来ん。お前もハッキングなど考えるなよ」
「分かってますよ。しかしデータが無いといざという時に動けるかどうか……」
腕を組みながら思案する一夏の表情に、千冬と千夏は内心興奮していた。
「(ああ、一夏の水着姿。写真に収められないのが悔しいが、立派に成長しているな。お姉ちゃんは嬉しいぞ)」
「(適度に引き締まった肉体、幼さを残す顔立ちだが真剣な表情は立派さを感じさせる……さすがわたしの自慢の弟だ)」
「……? 何か付いてます?」
「「いや、何でも無いぞ」」
「はぁ……」
穴が開くくらい見詰められて、さすがに居心地が悪くなったのか、一夏は早々に浜辺へと戻って行った。残された二人は、それぞれ岩陰に隠れて発散したのだった。
やっぱりダメ姉だった……