暗部の一夏君   作:猫林13世

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珍しく彼女を中心に……


本音の特技

 学年別トーナメントが中止になってしまった事を、エイミィは複雑な気持ちで捉えていた。美紀とのペアは楽しみだった半面、足を引っ張るのではないかという不安があったのも確かだ。同じ候補生といっても、向こうは専用機持ち――更に言えば更識所属で――で自分は専用機を持っていない。IS学園の訓練機は更識製とはいえ、やはり専用機と戦うのは不利なのは変わらない。

 エイミィは一人部屋から抜け出し、朝の空気を吸いながらそんな事を考えていた。

 

「そう言えば、一夏君って昨日いなかったはずじゃ……マドカさんの試合だけ見て出掛けるつもりだったのかな?」

 

 

 織斑姉妹(マドカを含む)が重度のブラコンであるのは知っているし、一夏もなんだかんだで三人を心配しているのも知っている。そして開幕戦の四人の中で、一夏が気に掛けるのはマドカだろうと推測した結果が、エイミィの勘違いを加速させていった。

 

「一夏君もシスコンなのかな? 義理のお姉さんである生徒会長や義理の妹の簪とも仲良しだし」

 

 

 エイミィの勘違いを正しておくと、更識姉妹とは確かに仲が良い。だが更識姉妹は一夏の婚約者候補として仲が良いのであり、シスコンブラコンとはちょっと違う。だが織斑姉妹の場合は、完全に弟(兄)LOVEなのだ。ここと更識姉妹を同列に見るのは、更識姉妹に失礼なのだ。もちろんエイミィに悪気は一切ないのだが。

 

「専用機の件はまだ進んで無いだろうし、少しでも専用機持ちに相応しい身体を作っておかないと……まずは体力」

 

 

 本音でも専用機が持てるのだから、既に候補生であるエイミィが体力面を気にする必要は無い。だが更識所属というブランド力の前に、エイミィは自分の実力を過小評価してしまっているのだ。

 

「朝から運動ですか? 感心ですね」

 

「た、小鳥遊先生……おはようございます」

 

 

 動き始めた直後、背後から声を掛けられエイミィは委縮した。相手が元日本代表にして、織斑姉妹と同様に無傷で世界を制した碧なのだから仕方ないのかもしれない。碧は別に威張ってるわけでも、元世界王者である事を自慢しているわけではないのだが、その態度がエイミィが緊張する原因なのかもしれない。

 

「カルラさんがこの時間に動いているのは珍しいですね。噂では遅刻ギリギリの時があると聞いていましたが」

 

「……一夏君に専用機を作ってもらえるので、少しでも実力の底上げをしておこうと思いまして」

 

「一夏さんに? では一緒に運動でもしますか?」

 

「い、いえ! 小鳥遊先生と一緒に動いたら、すぐにバテてしまいますよ……」

 

 

 碧の誘いを断り、エイミィは自分のペースで運動を続ける。その後ろ姿を、碧が興味深げに眺めていた事には気付かずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝の襲撃に失敗した刀奈は、少し不機嫌な空気を纏いながら食堂に来ていた。先ほどから視線が何本も向けられているのは、自分と虚がここでは異端だと理解はしている。だが気分が良いものでは無かった。

 

「食べてる時に見られるのって不愉快ね」

 

「仕方ありませんよ、お嬢様。ここは一年生の食堂で、私たちは上級生なのですから」

 

「別に上級生が一年生の食堂を使ってはいけないなんて校則は無いわよ? それに、私たちと一夏君の仲が良いのは有名でしょ」

 

「お嬢様は現日本代表で、世界最強の称号を持っていますからね。興味が無い女子の方が少ないんでしょう。次回大会でも優勝大本命と言われてるお嬢様ですし」

 

 

 第三回モンド・グロッソはまだ開催すら決まっていないのだが、既に優勝候補筆頭に刀奈の名前が挙がっている。その事は刀奈も知っているし、嬉しいとは思っているのだが、こうして様々な視線を浴びせられるのだけは勘弁してもらいたい事だった。

 

「今日に限って、一夏君の隣は美紀ちゃんとマドカちゃんに取られちゃうし……」

 

「毎回公平を期す為にじゃんけんにしよう、と言いだしたのはお嬢様じゃないですか。今更変更は認められませんよ」

 

「分かってるわよ……でも、美紀ちゃんは一夏君に抱きつかれて寝てたのよ? 今日に限って言えば不公平じゃないかしら」

 

「仕方ありませんって。美紀さんは同部屋であり一夏さんの護衛なんですから。そして一夏さんはまだ彼女に対してのトラウマを克服しておりません」

 

 

 自分たちが見られているのと同じように、自分たちは一夏の事を眺めている。その事に気がつかない刀奈たちは、一夏の事を見ながら会話を続けている。不意に一夏がこちらを見てきたので、刀奈たちは少し慌てたように問いかける。

 

「ど、どうかした?」

 

「いえ、何か用事があるのではないかと思っただけです」

 

「別にありませんが?」

 

「そうですか。さっきからずっと見ているので、何か用でもあるんじゃないかって思ってましたが」

 

「「あっ……」」

 

「なんです?」

 

 

 一夏に言われるまで、自分たちが一夏の事を眺めていた事に気づいていなかった二人は、思わず声を上げてしまった。一夏は何で二人が声を上げたのかが分からず首を傾げていたが、すぐに興味を失ったのか、それとも心当たってあえて視線を逸らしたのかは分からないが、本音の方に視線を向けてしまった。

 

「本音、さっさと食べないと織斑姉妹に怒られるぞ?」

 

「ほえ~……眠いよ~……」

 

「さっきまで寝てただろ? 何でまだ眠いんだよ……」

 

 

 惰眠をむさぼる本音の気持ちは一夏には分からない。真面目に生活している一夏たちのリズムは、本音には分からない。だからではないが、本音が眠いと言っても一夏にはそうとしか言えないのだった。

 

「眠いものは眠いの……」

 

「食べながら寝るとは器用なやつ……」

 

 

 本音の特技に呆れながら、一夏はやれやれと首を左右に振ったのだった。




本当に器用だな……

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