目の前で何が起こったのか、マドカたちには理解出来なかった。早々に脱落したはずの箒が何かを叫んだと思った、次の瞬間には彼女は光に包まれていたのだ。
「マドカ、あれって作戦なの?」
「いえ、私はあんなの知りません……」
「VTシステム、だと……何故あれが訓練機に……」
ラウラが呟いた言葉に、マドカとシャルロットが驚きの表情を見せる。
「VTシステムですって!? この間兄さまが解除したあれですか!?」
「でも、あれって国際条約で禁止されているんだよね? それが何で訓練機に?」
「そんな事私にも分からない。今分かる事は、ここが危険だという事くらいだろう」
自分がああなっていたかもしれない、という恐怖がラウラを襲っていた。だが不思議と焦りは無く、落ち着いてこの場から退避しようと動けていた。
「あの化け物……もしかして千冬姉さまか?」
「私の機体に組み込まれていたモノと同じシステムのようだな。お兄ちゃんが組み込むはずが無いから、シュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムを組み込んだヤツが持ち込んだ訓練機なのだろうな」
ラウラは自分の機体に組み込まれていたシステムについて、一夏から聞かされていた。その場に一緒にいたシャルロットも、その事は知っている。
「いったい誰が、何のために……」
「二人とも、SEの残量はどのくらいだ」
「僕は三割無いよ」
「私も同じくらいですね」
「……私もだ」
この残量であの化け物を退治出来るなどと、三人は自惚れはしなかった。曲がりなりにも「織斑千冬」が相手なのだ。SEはいくらあっても足りないだろう。
「マドカ、ラウラ、シャルロット」
「兄さま」
「あの機体、一夏の家で造ったヤツじゃないの?」
「いや、あの訓練機は更識製じゃない……誰が持ち込んだのか今調べてるが、それよりも先に避難だ。あいつは俺が引き受ける」
「でもお兄ちゃん。あれは偽物とはいえ千冬教官をトレースしたもの……勝てるの?」
上目遣いで訊ねてくるラウラに、一夏は苦笑い気味に微笑み首を振った――縦にではなく横に。
「勝てるなんて言い切れる相手じゃないし、あのシステムの数値が本当なら、少なくとも掠っただけで致命傷になりかねない。とりあえず俺の任務は、生徒たちが避難するまでの時間稼ぎと、篠ノ之を助けだせるか確認する事の二つだ。そのうち織斑姉妹もやってくるだろうしな」
暮桜と明椛は、今も織斑姉妹が所持している。だが普段は部屋に放置しているので、準備に手間取っているのだ。その時間稼ぎとして、一夏がこの場にやって来たのだとマドカたちは理解した。
「でしたら兄さま、私もお手伝いを――」
「ダメだ。マドカたちは急いでピットに戻り、他の生徒たちと一緒に避難するんだ」
「だったら兄さまも一緒に……」
懇願するマドカの頭を、一夏は優しく撫でた。闇鴉を部分解除して撫でた一夏は、凄く優しい顔をしていた。
「俺は生徒会役員だからな。一緒に避難するわけにはいかない」
「兄さま……分かりました」
「おい!」
「兄さま、絶対に無事で帰ってきてくださいよ」
一夏に指示に従い、マドカが戦線を離脱する。何か言いたそうだったラウラとシャルロットも、ここにいても役には立てないと判断して戦線を離脱した。
「さてと……時間稼ぎくらいはしっかりしないとな……」
変形したISに呑みこまれて箒の場所を、闇鴉のセンサーで探る。個人的な感情を優先するのなら、別に助けなくても良いのだが、ISを使った殺人だけはどうしても許せないのが一夏の心情だった。
『一夏さん、腹部に反応あり。篠ノ之さんはあの場所にいると思われます』
「懐に飛び込んで切り裂いて救出するしかなさそうだな……遠距離攻撃じゃそこまで深い傷を与えられないだろうし」
『織斑姉妹が来るまで待ちますか?』
「いや、篠ノ之さんの身体ダメージを考えると、そう長い時間待ってられないだろう。『影真似』を使って零落白夜を放てば行けるか?」
『「雲隠れ」を併用しても難しいと思われます。相手は偽物とはいえ織斑千冬、世界最強の称号を持つ者です』
闇鴉の忠告は、一夏にも分かっていた。だがこのままでは、ISが原因で死人が出てしまう。それだけはどうしても耐えられないのだ。
「スピードには対応出来そうだが、あのリーチは厄介だな……」
『やっぱりマドカさんたちに手伝ってもらった方が良かったのでは?』
「今更そんな事を言うなよな……」
闇鴉の言う通り、マドカの白式なら確実にあの化け物の腹部を切り裂き、篠ノ之箒を救い出す事は可能だっただろう。もちろん、一夏や他の二人が注意を惹き付ける事が前提での作戦ではあるが。だが一夏はマドカたちに危険が及ぶのを嫌い、自分がそれを引き受けたのだ。
「一か八か、飛び込んで救出を試みるか……すまんな、闇鴉。何時も危険な目に遭わせて」
『私は一夏さんの専用機ですし、一夏さんが危険に飛び込むのは何時も、大切な人を守るのとISを助ける時ですからね。そのお手伝いが出来るのであれば、私は何処までもお供しますよ』
「助かる……」
一瞬だけ瞼を閉じ、次に開いた時の一夏の目は本気だった。先に相手に攻撃をさせ、それを回避して懐に飛び込み零落白夜を放つ。狙う場所はコアでも、篠ノ之箒がいる場所でも無く、このISを停められる場所だ。
既に解析を済ませていた一夏は、何処を狙えば停められるかに見当をつけていた。もちろん一撃で停められない可能性もあったので、一夏と闇鴉はあのような会話をしていたのだ。
「「一夏っ! 避けろ!!」」
「分かってます!」
救援に来た織斑姉妹の声に反応して、一夏は回避行動を取る。やはり一撃では停められず、反撃を試みたのだろう。一夏はその攻撃をギリギリで躱し、その勢いを利用して相手を倒した。
「後の事はお任せします」
「ああ、ご苦労だったな」
「篠ノ之は保健室に運んでおく。コアは真耶に渡しておくぞ」
「そうしてください。おそらく何処の物か分からないでしょうけどね……」
訓練機のコアは量産されているものだし、プログラムから割り出すのも不可能だと理解している。一夏は闇鴉を解除し、アリーナから部屋へと向かったのだった。
まさかの自爆……実に箒らしい、のか?