マドカは今、頭を抱えて悩んでいた。このままトーナメントに参加するべきか、それとも辞退するべきかを……
「おい」
「……何でしょうか、篠ノ之さん」
どちらとも友好的とは言えないが、マドカの方がまだ大人の対応をしている。だが、その対応も長くは続かないだろう。マドカの顔には明らかに嫌悪感が見て取れるからだ。
「ペアになったが別に貴様と慣れ合うつもりは無い。私は私の目的でこのトーナメントに参加しているのだ。私の邪魔だけはするな」
「邪魔なんてしませんよ。むしろ、貴女に興味も無いですし」
マドカにとって、篠ノ之箒とは敬愛する兄・一夏に暴行を加え、無人機乱入の際に大怪我をしなければならなくなった諸悪の根源でしか無い。ペアになったからと言って友好的な態度を取れるような相手では無い。つまり、相当苛立っているのだ。
「一夏の妹だか何だか知らないが、あまり偉そうにするな。一夏は私の幼馴染で婚約者なのだ!」
「妄想もそこまで行くと痛々しいを通り越して滑稽ですね。漫談を極めるんですか?」
一夏に婚約者と呼べる相手がいるとすれば、それは更識所属の面々だろう。間違っても箒が婚約者であるわけがない。マドカは確信を持ってそう言い切れる自信があった。実際一夏と箒が婚約していた場合、その時点で姉二人がこの女を消し去っているだろうと思えて仕方が無いくらい、箒に対するマドカの評価は低い。
「ふん! 一夏も私の事を好きなはずだ! 貴様ら周りの人間が余計な事をしなければ、今頃子供の一人や二人くらい……」
「兄さまはお前のような勘違い猪武者なんて好きじゃない。だいたい兄さまに好かれてると勘違いする理由が分からないですね」
その言葉に箒が殴りかかろうとしたが、タイミング良く対戦相手が発表された。
「ラウラ・ボーデヴィッヒさんとシャルロット・デュノアさんのペアか……強敵です」
「ふん! あんな小娘と男女に負けるはずが無い」
「(この人が使える訓練機ってあるのかな?)」
マドカはこの前、一夏が零していた言葉を思い出していた。
『篠ノ之はISの使い方が荒いから、あまり好かれて無いみたいなんだよな……このままだとISを動かせなくなり退学になりかねない』
『兄さま的には、篠ノ之箒がいなくなった方がいいのではありませんか?』
『ん? 個人的にはそうだが、篠ノ之の人生だからな。俺がとやかく言える立場では無いだろ』
『兄さまは優しすぎます。あんな女の事まで兄さまが悩む必要は無いのです』
『マドカ、いくら嫌いな相手でも「あんな女」なんて言ったらダメだぞ』
――一夏とのやり取りを思い出したマドカは、今更ながら何で箒がエントリーしたのかが気になったのだった。もちろん、それを本人に聞くなんて事はしなかったが。
モニター室で見学している一夏は、マドカのペアが箒になった事には驚かなかったが、対戦相手がラウラとシャルロットである事には驚いた。
「いきなり候補生二人を相手にするとは……マドカもついて無いな」
「でも一夏さん、篠ノ之さんとペアの時点でマドカちゃんのツキは最悪だったんじゃないんですか?」
「そもそもシャルロットとペアが組めなかった時点で、マドカは辞退するべきだったんですよ。ペアが決まって無い一年生はマドカと篠ノ之だけだったんですから」
参加申請用紙を纏めたモノを碧に手渡し、一夏はモニターに視線を向けた。
「あの訓練機……更識製のものでは無いようですが?」
「えっ? おかしいですね。IS学園の訓練機は全て更識製を採用しているはずなのですが……」
一夏の指摘に、モニター操作をしていた真耶も首を傾げた。一目で更識製では無いと見抜いた一夏の観察眼については、特にツッコむ事無く……
「そもそも篠ノ之さんに反応してくれるISがまだあったんですね」
「一応は反応しますよ。ですが、どの子もやる気はあまり出ないようですけどね。だけど、あの訓練機は妙にやる気だな……少し気に掛かるくらいに」
「更識君は篠ノ之さんの事をどう思ってるの?」
真耶の隣でモニター操作を覚えようと必死だった紫陽花が、ふとそんな事を聞いてきた。何故紫陽花が必死なのかと言うと、尊敬する織斑姉妹の役に立てるのならと真耶の技術を盗もうとしているのだ。
「どうと聞かれましても……古馴染、クラスメイト、ISに嫌われている少女――」
「最後のが酷いわね……」
ほぼすべてのISの声が聞ける一夏にとって、篠ノ之箒という少女はISの中でも嫌われていると知っている。そんな一夏でも、今現在箒が乗っているISの声は聞き取れないのだ。
「あんな子、学園にいたかな……」
「新しく納品されたとかですかね?」
「更識製ではないISを学園が買うとは思えませんが……」
「少なくとも私は知らないですね」
四人であの訓練機は何処から来たのかを考えていたが、動くのであれば問題は無いだろうという事で、真耶は開始の合図を鳴らした。すると速攻で箒はシャルロットに撃退され、マドカ対二人の構図が出来上がった。
「ラウラの機体にはアクティブ・イナーシャル・キャンセラー、
「一夏さんの言う通りになりそうですね。ボーデヴィッヒさんがマドカさんの攻撃を受け止め、その背後からデュノアさんが的確に白式のSEを削って行く。見事な連携ですね」
「同部屋だけあって、作戦会議はしやすかったのでしょうね」
ラウラとシャルロットの連携に感心していた一同だったが、モニターの端で何かが光ったのに一夏だけが気付いた。
「すみません、カメラを篠ノ之に向けてください」
「篠ノ之さんに? 既に戦闘不能になってアリーナから退場したはずで……なっ!?」
『寄越せ! もっと私に力を!!』
箒が使っていた訓練機が光だし、変形を始める。このプログラムに、一夏は見覚えがあった。
「VTシステム……何故訓練機に……いや、何で篠ノ之がそれを発動してるんだ……」
「真耶、三人と観客に避難勧告を! 紫陽花は私と一緒に篠ノ之さんを止めに――」
「いや、俺が行きますので、お二人は避難誘導を! 山田先生は三人と観客に避難勧告を出した後、お二人と一緒に避難誘導をお願いします。自動録画くらい出来ますよね?」
「は、はい……ですが、更識君一人で大丈夫ですか?」
真耶の心配をよそに、一夏は既にアリーナへと飛び出していた。あのシステムだけは、絶対に許せないという気持ちが一夏を突き動かしているなど、真耶には分かりようが無いのだった。
やっぱりVTシステムは作動させないと……