トーナメントのルールが発表されてから、参加希望でパートナーが見つかっていない人は慌てているので、学園中が慌ただしい雰囲気に包まれている。そんな中でも、一夏は落ち着いた雰囲気で一日を過ごしていた。
「一夏君は参加しないの？」
「あまり争い事は好きじゃないんだ。それに、更識所属と当たれば負けるからな」
「ふーん……この間フランスまで行って争ってきた人の言葉とは思えないね」
静寐の感想とも皮肉とも取れるセリフに、一夏は苦笑いを浮かべた。
「あれだって俺から挑んだわけじゃないぞ。向こうがあんなことを計画してきたから、それに対抗しただけで……」
「まぁ、学園単位と世界単位と一緒にしちゃダメだろうけど、それでも一夏君が争いごとを好まないとは意外だったかな」
「静寐は俺を何だと思ってるんだ……ところで、静寐は参加しないのか？」
一夏が記憶している限りでは、参加者の中に静寐の名前は無かったのだ。これだけ自分に聞いて来るのだから、一夏も静寐の事情を聞いてみたいと思ったのだろう。
「私？ 私が出ても大して活躍出来ないしね。それに、専用機持ちがこれだけいる学年で、訓練機で挑もうと思うほど、私は強くないもの。それこそ、一夏君よりも弱いわよ、絶対にね」
「静寐さん、一夏さんには私がいますからね。更識所属以外に負けさせるつもりはありませんし、一夏さんさえその気なら、本音さんやマドカさんくらいになら勝てる実力はあるんですからね」
「闇鴉……いきなり人の姿になるなよな……俺もビックリするだろ」
一夏が自分の事を弱いというのは、闇鴉が弱いからと言うわけではない。一夏自身に勝つつもりがあまりなく「怪我をしなければ良い」と考えているからだ。その考えは相手にも適応しており、本音やマドカ相手でも一夏は気を使って戦っている――この考えが無ければ、もう少しまともに勝負出来ると闇鴉は考えているのだ。
「だいたい、何故一夏さんは今回のトーナメントに参加しないのですか！ 折角一夏さんの強さを学園中に知らしめるチャンスなのですから！」
「知らしめるも何も……黛先輩の所為で、俺は『強い』と誤解されっぱなしなんだが……」
「実際セシリアさんを瞬殺したんだから、強いんじゃないのかしら？」
「だからあれは織斑千冬先生の動きを――」
「一夏が私を呼んでいると聞いて！！」
「「「………」」」
いきなり現れた千冬に、一夏・静寐・闇鴉は呆れた視線を向けた。一夏以外は少し抵抗のある行為だが、それだけ今の千冬は呆れられても仕方ない行動を取ったのだ。
「別に呼んでませんよ。話の流れで名前を出しただけです」
「そうか……あぁ、一夏」
「学校では更識と呼んでください。織斑千冬先生」
「……更識、生徒会長がお前の事を探していたぞ。何でも布仏から匿って欲しいとか何とか」
「何をしたんですか、刀奈さん……」
千冬からもたらされた情報に頭を悩ませながら、一夏は静寐に別れを告げて刀奈を探しに行く――
「闇鴉、蛟の反応は？」
「生徒会室側のトイレからですね」
――必要もなく闇鴉のセンサーで刀奈の位置を特定したのだった。
刀奈と虚の争いは、割と何時も通りの内容だった。刀奈が虚の地雷を踏んで、そして怒られて逃げるという、一つのパターンだった。
「まったく、お嬢様は私を何だと思ってるんですか」
「だからゴメンってば！ 謝ってるじゃない」
「謝っても同じ地雷を踏む刀奈さんですからね……虚さんも信用出来ないんでしょうよ」
二人を落ち着かせる為に、一夏はコーヒーと紅茶を用意する。コーヒーは自分で飲む為で、二人は紅茶だ。
「虚ちゃんが淹れてくれる紅茶も最高だけど、一夏君が淹れてくれる紅茶も格別よね～」
「お嬢様と同意見なのがちょっとアレですが、確かに一夏さんが淹れてくれる紅茶は美味しいですよね」
「ちょっと！？ アレって何よ！」
「まぁまぁ。ところで、この申請書って学年別トーナメントへの参加希望ですよね？」
山積みになっている申請書に目を通し、一夏が意外な感じを受けているので、刀奈も虚も一夏が手に取った書類を覗きこんだ。
「あら……篠ノ之箒ちゃんの申請書じゃない……」
「参加は自由とはいえ、ペアが見つかるとは思えませんが……」
「ペアが組めなければ当日にルーレット抽選で決まる――とはいえ、篠ノ之とペアを組む事になる人は可哀想です……おや？」
再び申請書の山に手を伸ばした一夏が、今度は驚いた感じで首を傾げた。
「どうかしたの？」
「いや、シャルロットのパートナーなんですが、てっきりマドカとペアを組んだものだと思っていたものでして……」
シャルロットの参加申し込み用紙に書かれたペアの名前は、マドカでは無くラウラだった。
「どうやら一足遅かったみたいですね。マドカは別の人を見つけられたのか？」
「お兄ちゃんとしては心配？」
「まぁそうですね。白式は完全近距離型ＩＳですから。万が一篠ノ之とペアにでもなったりしたら、最悪でしょうね。戦い方もですが、人間的相性も」
「一夏さんに危害を加えようとする篠ノ之さんと、お兄ちゃんっ子のマドカさんですからね……仲間撃ちなんて事もあり得るかもしれませんね」
「当日までにパートナーを見つけて申請すれば、そんな心配は無くなるんですけどね……」
マドカは決して人付き合いが苦手ではない。苦手ではないが、得意でも無いので、一夏は何となく心配していたのだ。交友関係は自分とさほど変わらないマドカが、他のパートナーを見つけられるのかどうか、一夏は数日間その事を気にしていたのだ。
そして、トーナメント当日。マドカはパートナーを見つける事が出来ずに、ルーレットでパートナーを決める事になってしまったのだった。そしてその相手は――
「マドカのパートナーは篠ノ之か……」
――一夏たちが恐れていた相手だったのだった。
ラウラがシャルとペアになると、自然に箒のペアがマドカに……