ラウラの「お兄ちゃん」発言は、あの時限りのものでは無く、彼女の中で「一夏=お兄ちゃん」の構図が出来上がってしまったらしい。その事で衝撃を受けたのは一夏が一番――では無く、彼の姉妹が共にラウラに対して詰め寄っていた。
「ラウラ、貴様は何時の間に一夏の妹になったんだ、ん?」
「わたしたちの一夏に随分と馴れ馴れしいではないか。ドイツで言った事を忘れたのか?」
「何でいきなり現れた貴女が、兄さまの事を『お兄ちゃん』と呼ぶんですか! 私だって呼べてないのに……」
「ヒゥ!? だって、クラリッサがお兄ちゃんだって言ったから……」
織斑姉妹(千冬と千夏)に対するトラウマが発動しており、ラウラの口調は完全に幼児退行を起こしていた。犯人の名前を聞きだした千冬と千夏は、アイコンタクトで決断してラウラから携帯を拝借する。
『隊長、どうかなさいましたか? 一夏お兄ちゃんとは仲良くなれたのですか?』
「ほう、貴様も一夏の事をそう呼ぶのか、クラリッサ」
『隊長じゃない? いったい誰です?』
「私の声を忘れたのか? なら思い出させてやろう小娘」
『ま、まさか……織斑千冬教官!?』
「わたしもいるぞ、クラリッサ。無知なラウラに変な事を教え込んだそうだな」
横から割り込むように千夏もクラリッサに声を掛ける。
『変な事ではありません! オタク文化は日本が世界に誇れる文化ではないですか! そして隊長に対する更識一夏さんの優しさは、妹に向けるそれと同じです』
「お前がどう思おうが関係ない。一夏に甘えるチャンスを与えるなど、私たちが見逃すとでも思ったのか? 今すぐドイツに向かうから覚悟するんだな」
「何をバカなことを言ってるんですか、貴女たちは……マドカもあまりラウラを責めるな」
ラウラと同室のシャルロットから助けを求められた一夏が、横から織斑姉妹(マドカを含む)に呆れた声を掛けた。
「貴女たちは教師なんですよ? 仕事を放り投げてドイツ旅行なんて認められるわけ無いじゃないですか。それに、ラウラが私の事をそう呼ぶ事を、私が許可したんです。初めは驚きましたけどね。それから、マドカもそう呼びたいのなら俺は一向に構わないぞ」
「えっ、あっ……いえ、私は今まで通り『兄さま』と呼ばせて頂きます」
「そうか。さて、織斑先生? その電話を貸していただけないでしょうか」
一夏に睨まれた千冬は、大人しく一夏にラウラの携帯を手渡す。状況が理解出来ない通話相手、クラリッサはしきりに声を掛けてきている。
『織斑教官? 何があったのですか? それと、どうやってドイツに来るつもりなんですか? まさか、ISに乗ってくるつもりじゃないですよね!?』
「えっと、落ち着いてもらえますか? 私は更識一夏と申します」
『ご丁寧にどうも。クラリッサ・ハルフォーフと申します。貴方が織斑教官の弟さんで、隊長が慕う「一夏お兄ちゃん」ですか』
「自分より年上の貴女にお兄ちゃんと言われるのは不思議ですが、まぁそのようなものですね。それでですが、織斑姉妹は大人しくさせましたので、怯える必要はないでしょう。それから、可能でしたらドイツ政府の人間を一人紹介してもらいたいのですが」
『政府の人間を、でありますか?』
クラリッサの口調が上官に対するものに変わったのを、一夏は特に気にしなかった。多分クラリッサの方も無意識に緊張しているからそうなったのだろうし、それを指摘してまた面倒な事になるのを避けたかったからだ。
「VTシステム、といえば分かりますか? それがラウラの専用機に搭載されていました。これが政府の命令で行われていたのなら、ドイツはIS産業に関わる全ての人間から攻撃されても仕方ないでしょうからね。発表はしませんが、もしドイツ政府がVTシステムの開発に携わっているのでしたら、更識企業代表代理の立場としては遺憾の意を表明したいところです」
『VTシステム……それが隊長の専用機に積まれていたのですか?』
「データは取ってありますので、そちらにお送りしましょうか? 貴女がドイツ政府と繋がっていないのでしたら、ですけどね」
視線をラウラに向けると、彼女はコクコクと首を縦に動かしていた。
「貴女の隊長は貴女の事を信頼しているようですし、この回線を使えば良いのでしょうか?」
『いえ、隊長のPCにある回線をお使いください。そちらは完全に私個人の回線ですので』
「分かりました。確認次第また連絡をください。ドイツ政府の人間を紹介していただけるのか否かをお聞かせ願いたい」
『了解しました。もう既に紹介しても良いとは思いますが、実際のデータが見られるのでしたらそれに越したことはありませんので』
通信を切り、一夏は携帯をラウラへと返す。そして、視線で逃げようとしていた織斑姉妹(マドカも含む)を捕まえ、呆れているのを隠そうともしない口調で話しかける。
「まったく……シャルロットが報告してくれたから間に合いましたが、何をするつもりだったんですか、貴女たちは」
「いや、一夏と必要以上に仲良くしようとする雌を排除しようと……」
「ドイツで釘を刺したのに忘れているようだからもう一度刺しておこうと……」
「兄さまに甘えられるのが羨ましくて……」
素直に謝ったマドカの頭を撫でながら、一夏は千冬と千夏に雷を落とした。その雷は、怒られているわけではないラウラやマドカ、そして背後から見守っていたシャルロットにとっても恐怖の対象となったのだった。
「ラウラ、PC借りるよ」
「うん、お兄ちゃん」
まだ若干の幼児退行を見せながらも、ラウラは素直に一夏にPCを貸したのだった。
ロリラウラ……可愛いかもしれない……