暗部の一夏君   作:猫林13世

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かなりマイルドになってる……


ラウラのお願い

 美紀の説明が終わったタイミングで、一夏に近づく小さな影が一つ。銀髪のその影は、一夏の目の前まで移動すると、直立不動の姿勢を取った。

 

「何かご用でしょうか、ラウラ・ボーデヴィッヒさん」

 

「一つお願いがあります」

 

「何でしょうか? 専用機を既に所持している貴女が俺にお願いとは。さすがにドイツ政府が開発に力を入れているシュヴァルツェア・レーゲンの改良なんて請け負いませんからね」

 

「違う! あっ、いや……違います」

 

「?」

 

 

 怒鳴り付けた次の瞬間には大人しくなったラウラに、一夏は違和感を覚え背後を確認する。そこには今にも殴りかかりそうな雰囲気をした姉妹が立っていた。

 

「それで、俺に何をお願いしたいというのですか?」

 

「一度模擬戦をお願いしたいのです。聞くところによれば、貴方はそこのイギリス代表候補生を一瞬で屠ったとか」

 

「実力者と戦いたい、と思っているなら俺じゃ無くマドカや本音、美紀に模擬戦を挑んだ方が良いぞ。俺は更識所属の人間の中で一番弱いからな」

 

 

 一夏の言葉を、ラウラは謙遜と受け取った。更識所属の強さは候補生であるラウラも知っているが、あの織斑姉妹が溺愛する男が弱いはずは無いという固定概念が彼女の中には存在するのだ。

 

「私が知りたいのは貴方の実力です。お時間があるのでしたら一戦交えていただきたい」

 

「その勝負、生徒会長権限で許可します」

 

「刀奈さん……どこから現われてるんですか」

 

「更識、今回は見逃すがHRをサボるとは良い度胸だ」

 

「だが、わたしたちも一夏の試合は見たいので教師権限でも許可する」

 

「はぁ……じゃあ今日の放課後、第一アリーナに来てください。時間は三十分くらいしか取れませんので、勝敗が付かなくても文句は言わないでくださいよね」

 

「分かりました。感謝します」

 

 

 一夏の提案を、ラウラは敬礼の形で受け容れる。軍人なので仕方ないかと一夏は諦めたが、指導者であった二人はその行動を指摘する。

 

「ラウラ、ここは軍では無い」

 

「普通の返事を出来ないのか、バカ者が」

 

「ハッ! 申し訳ありません、織斑教官!」

 

「「学校では織斑先生、もしくは千冬(千夏)先生だ」」

 

 

 そんなやり取りの最中で、一夏は刀奈の姿が見えないのに気が付く。

 

「何時の間に捕まえたんですか、碧さん」

 

「一応教師ですから。サボりの生徒を見逃すわけにはいきませんし」

 

「ゴメンなさい、碧さん。だから虚ちゃんに言うのだけは許して」

 

 

 主と従者なのだが、学校では教師と生徒。刀奈が碧に懇願する光景を一夏は何となく眺めていた。その横からは、言われの無い怒りが込められた視線を向けられているのだが、一夏はその視線に気づかないフリを続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みになり、一夏は美紀たちと簪と合流して食堂へやって来た。そして料理を持って来てすぐに話題は放課後の模擬戦に焦点が集まる。

 

「一夏、ドイツからの転校生と模擬戦するんだってね」

 

「仕方ないだろ。刀奈さんが強権発動してアリーナ使用を許可して、更に織斑姉妹もそれに同調したんだから……」

 

「一夏さんなら問題無く勝てそうですけどね」

 

「いっちーは戦いが好きじゃないだけで、弱いわけじゃないもんね~」

 

「そうは言ってもな……フランスの事もあるし、やる事が山積みなんだよ……」

 

 

 エイミィから専用機の希望を聞いたり、束から貰ったコアを一夏なりにアレンジしたりと、放課後はそういった事に当てるつもりだったので、一夏の予定はガラリと変わってしまうのだ。

 

「一夏なら瞬殺出来るんじゃない?」

 

「バカ言うなよ……ドイツ代表候補生を真っ向からねじ伏せる事なんて出来るわけ無いだろ」

 

「何時もみたいに別角度から攻めれば良いじゃないですか」

 

「いや、シュヴァルツェア・レーゲンのデータが欲しいし、少しくらいは正面から打ち合わないと」

 

「おおー、いっちーが科学者の目をしてるよ~」

 

 

 何時もなら他の人が戦っている時にデータ収集をするのだが、折角の機会だからと一夏は自分で戦いながらデータを取ろうとしていたのだ。

 

「実戦の恐怖も再現出来れば、より訓練に役立つしな」

 

「VTSですね。あのシステムのお陰で一年生は訓練機が借りられなくても復習が出来ると感謝しています」

 

「訓練機の数があっても、アリーナがな……」

 

「使用時間が短い人もいれば長い人もいるからね。特に二、三年生は一年生よりアリーナを使用出来る時間が長いし」

 

 

 より実践的な授業になる二、三年生は一年生よりアリーナを使える時間が長い。これは織斑姉妹や学園が許可したルールであり、生徒会の承認も得ているのだ。まぁ、刀奈が良く書類を見ずに認印を押したのが原因なのだが。

 

「彼女もVTSを使うだろうし、自分の機体があれば訓練の役に立つだろう。もちろん、対戦相手としては全員に使えるようにするが、シュヴァルツェア・レーゲンに乗れるのはラウラ・ボーデヴィッヒさんだけにするからな。ワクワクするなよ、本音」

 

「ラウラウの機体、ちょっと使いたかったなー……ねぇねぇいっちー、私のパスワードでもラウラウの機体を使えるようにしてくれない?」

 

「ダメだ。いい加減土竜だけを使えよな……」

 

 

 アクセス履歴を閲覧できる一夏は、本音が自分の専用機以外で遊んでいる事も知っている。だからではないが、本音の専用機である土竜の機嫌が最近悪い事も知っているのだった。

 

「使ってるよ~。でも、偶には他の機体も使いたいじゃん?」

 

「偶にって頻度じゃないだろ、お前は……」

 

 

 一夏が零したセリフに、簪と美紀も頷いて同意したのだった。




ちゃんとお願いになった……

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