フランス政府との交渉は驚くほどスムーズに終わり、シャルロットは今帰りの飛行機の中にいた。一日も滞在する事無く帰るとは思ってなかったのだろうが、明日も学校がある事を考えると仕方ないのかもしれない。生徒会副会長とクラス代表の一夏と美紀が、これ以上学校をサボるのは体面的に良くないからだ。
「よくあんな脅し文句が思いつくよね」
「ん? あぁ『この条件を呑めないのであれば、フランスの技術者を引き抜いてIS企業を潰し、その上で更識がフランスから撤退する』ってやつだろ? 別に普通に思いつきそうなものだが」
「一夏さんの普通はズレてますからね」
多少強行軍だったせいか、一夏の顔にも美紀の顔にも疲労の色が濃く出ている。それでも眠る事無く話せている辺り、普通の高校生とは違うのだろう。
「でもさ、一夏。イタリアからフランスに亡命? って大丈夫なの?」
「亡命じゃなく自由国籍の取得だ。実力的にも問題無いだろうし、イタリアも伸び悩んでいるからな」
「更識企業がぶっちぎってるだけで、何処の国も漸く第三世代に取りかかった程度だよ」
IS産業におけるトップは、相変わらず更識企業だ。訓練機のシェア八十五%を誇る更識企業が、今更「IS関連が主な仕事では無い」と言ったところで説得力が皆無なところまで成長してしまっている。
「そもそも今回のような事が本来の更識の仕事っぽいけどな。暗躍から脅し、最悪人も殺す覚悟だったんだが」
「首謀者は逃走、その部下だった人たちはあっさりと反逆を認め降伏しちゃいましたからね」
「一夏……そんな怖い事考えてたの? 美紀もさらっと言ってるけど、随分と恐ろしい雰囲気だよ?」
「更識はIS企業なんかでは無く、暗部組織だからな。正確には対暗部用暗部だが、必要ならばそれくらいはする」
冗談を言っているような雰囲気では無い事を感じ取ったシャルロットは、自分がどんな存在に囲まれているかを自覚して震えだす。
「ん? どうかしたのか?」
「い、いや……今更ながらに凄い人たちに囲まれてるんだって自覚したら怖くなっちゃって……」
「別に何もしない。それより少しくらい寝ておかないと授業に響くぞ」
そう言って一夏は瞼を閉じ、少しも間を空けずに寝てしまった。その隣では美紀も同じように眠っている。
「えっ、早い……」
シャルロットも慌てて寝ようとしたが、二人のようにすぐ眠れるはずも無く、眠りに就いたのは暫く経った後だった。
強行スケジュールでフランスから戻って来た美紀を待っていたのは、同行出来ずに不貞腐れた少女たちだった。
「えっと……ただいま戻りました」
「お帰りなさい。良いわね、美紀ちゃんは一夏君と婚前旅行出来て」
「そんな甘ったるいものではありませんし、刀奈お姉ちゃんだって分かってますよね?」
不貞腐れた少女たちの代表なのか、刀奈が美紀を問い詰めるように距離を狭めてきた。
「シャルロットちゃんやエイミィちゃんの為に一夏君が動いたのは分かってるけど、だったら私を護衛に指名してくれたって良いじゃない。私だって更識の人間なんだし」
「刀奈お姉ちゃんは日本代表だし、余計に話がややこしくなるのを避けたんだと思うけど……」
「でも、美紀ちゃんだって候補生でしょ? ややこしくなるのなら美紀ちゃんだって同じだと思うんだけど?」
答えに窮したい美紀に助け船を出したのは、やはり一夏だった。
「刀奈さんは生徒会長ですからね。副会長と会長が同時に学園を留守にするのは避けた方が良かったですし。それに、美紀はシャルロットとクラスメイトですからね。マドカや本音でも良かったのですが、一番冷静な判断を出来るであろう美紀を今回同行させたのです」
「兄さま、それは私や本音が冷静な判断を出来ないと仰られているのですか?」
「そうじゃないが、美紀が一番冷静なのはマドカだって分かってるだろ? それに、本音はどうも落ち着きが無いし……」
「ほえ?」
一夏に名前を呼ばれ首を傾げる本音を見て、全員が一夏が何を言いたいのかを理解した。つまり彼女では護衛として不安が残るのだ。
「そういう事なら仕方ないわね……一応納得してあげる」
「ありがとうございます」
「では、シャルロット・デュノアさん。改めて転校の手続きをしてもらいますので生徒会室までお願いします。それから、新しい制服も用意できていますので、そちらにお着替えください」
「分かりました。あっ、僕のルームメイトは?」
「ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」
「あの銀髪の軍人か……ところでそのラウラ・ボーデヴィッヒの専用機のデータはありますか?」
一夏の目が学生のものから技術者のものに変わった事に、刀奈、虚、簪、美紀は気付いたが他のメンバーは気付かなかった。
「一夏、あの子の事が気になるの?」
「気になると言えば気になるな。同じトラウマ持ちのようだし」
前半部分だけを聞いたシャルロットは少し不貞腐れたような顔をしたが、後半までしっかりと聞いた残りのメンバーは、一夏が何に興味を持ったのかを理解した。
「ラウラウ、千冬先生と千夏先生には逆らえないようだしねー」
「ラウラウって、俺たちがいない一日の間に随分と親しそうだな」
「ウチのクラスのマスコットだからね~」
「本音もマスコット的存在だった気が……」
一夏が零した言葉に、美紀が苦笑いを浮かべる。実は彼女も同じような事を考えていたのだろうと、更識所属の面々は正確に理解したのだった。
「とりあえず、お帰りなさい、一夏君」
「ええ、ただいま戻りました」
授業が始まるまで、まだ少しだけ時間があるという事で、一夏たちは少し横になる事にした。もちろん、自分たちの部屋で。
小さいですし、トラウマ抱えて震えてるラウラを想像しただけで萌えると思います。