暗部の一夏君   作:猫林13世

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彼女も忘れてはいけない……


もう一人の転校生

 シャルロットとの交渉を終えた一夏は、視線を碧に向け小さく頷き、そして自分の席へと戻った。

 

「山田先生、デュノアさんの新しい制服、用意してもらえますか?」

 

「は、はい! すぐに用意します」

 

 

 憧れの碧の指示に、真耶は少し緊張した面持ちで答える。織斑姉妹にも憧れてはいるが、尊敬できるのはやはり碧なのだろう。真耶は物凄いスピードで教室を出て行き――もちろん走ってはいない――シャルロット・デュノアの制服を用意する為に職員室へと向かった。

 

「さてと、じゃあ自己紹介をしてもらおうかな」

 

「はい、シャルロット・デュノアです。今更識君が言ったように、僕はデュノア社のスパイで、更識の情報を盗みに来た――んですけど、スパイ行為をする前にバレちゃいました」

 

 

 そこで言葉を区切り、シャルロットは一夏を見た。小さく頷いた一夏を確認して、シャルロットは自己紹介を続けた。

 

「本当ならこの場所に居続ける事など出来なかったんだろうけど、更識君のお陰で僕は自由を手に入れる事が出来るようです。なので、これから三年間、よろしくお願いします」

 

「大丈夫、更識の力を甘く見ないで」

 

 

 碧の言葉に、シャルロットは泣きそうな顔で破顔した。余程辛い生活だったのだろうとクラスメイトほぼ全員がシャルロットに同情し、そして歓迎した。

 

「では次に、ラウラ・ボーデヴィッヒさん、自己紹介をお願いします」

 

「はっ! ラウラ・ボーデヴィッヒであります!」

 

「そんな軍隊みたいな挨拶じゃなくて、普通に出来ないのか」

 

「相変わらず堅苦しい娘だな」

 

「織斑先生たち、お知り合いですか?」

 

 

 ラウラの背後でやれやれと首を振った千冬と千夏に、一夏がそう問いかける。普段から声を掛けられることの少ない千冬と千夏は、それだけでだらしの無い顔をしてしまいそうになるのを何とか堪えて、一夏の質問に答えた。

 

「私たちがドイツで指導していた中の一人だ」

 

「わたしたちを慕い、そしてしっかりと指導に耐えた頼もしい娘だが……この様に堅苦しいヤツでな。もう少し柔らかくなれと言ったんだが……」

 

「なるほど。ドイツの代表候補生は、織斑姉妹が指導してきた人でしたか」

 

 

 興味を失ったように、一夏は視線を織斑姉妹からラウラ・ボーデヴィッヒへと移す。

 

「何で貴女は震えているんですか?」

 

「お――貴方の事を教官たちから聞かされ、少しでもおかしな事をすれば殺すと……」

 

「あぁ、なるほど……貴女もトラウマを持っているんですか」

 

 

 その説明だけで、ラウラが持っているトラウマを理解した一夏は、再び織斑姉妹へと視線を向ける。ただし今度は少し厳しい視線だった。

 

「あんまり過保護なのは感心しませんね。特に何をされるわけでも無いんですから、彼女とは穏便な関係でお願いしますよ」

 

「安心しろ。一夏に手を出さない限り、私たちはラウラに何もせん」

 

「何もしなければ、な」

 

 

 不気味な笑みを浮かべる織斑姉妹を見て、ラウラは教室の隅に逃げ出した。その姿を見たクラスメイトは、ラウラの事をマスコット的な存在に位置付けたのだった。

 

「とりあえず……デュノアさんとボーデヴィッヒさんは席に着いてください。真耶が戻ってくるまでは、私が一時間目を担当します」

 

「では、私たちは職員室へと戻る」

 

「後の事は頼んだぞ」

 

 

 教室から織斑姉妹がいなくなってから、漸くラウラは席へ移動した。その姿を、クラスメイトは愛しむような目で眺めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏から暗号メールが送られてきた更識家は今、デュノア社への報復の準備をしていた。とはいっても、それ程派手な事は無く、フランス政府への根回しとシャルロットから聞かされた自供を録音したボイスレコーダーを確認するくらいだ。

 

「ではご当主、決行は翌日に」

 

「分かった。一夏君から確認は取れているな?」

 

「もちろんです。証人・シャルロット・デュノアを連れ、明朝こちらに来られると」

 

「かなり強行スケジュールだが、一夏君がいなければ交渉は上手くいかないだろうからな」

 

 

 明日は火曜日で平日なのだが、デュノア社が証拠隠滅を図る隙を与えないように、一夏は学校を休む事にしたのだ。ちなみに、一夏の護衛として美紀も学園を休む事になっている。

 

「小鳥遊は同行しなくてよろしいのでしょうか?」

 

「彼女は教師だからな。事情が事情とはいえ、簡単に休めるわけではない」

 

「まぁそうでしょうが……しかし、一夏さんの護衛が一人というのは――」

 

「私の娘が信用できないと?」

 

「っ! 失礼しました」

 

「いやなに、まだまだ未熟なのは親の私から見ても分かるからな。美紀一人では心配なのは仕方ないだろう」

 

 

 部下を叱るような視線から一変、尊は面白がるような視線を部下に向ける。その視線を受け、部下は恐縮していた態度からホッとした雰囲気を醸し出す。

 

「驚かさないでくださいよ。本気で死を覚悟したんですから」

 

「そこまで覚悟するなら言わなければ良いだろ。アレが私の娘だと知っているんだから」

 

「とにかく、一夏さんの護衛が一人なのは気になります。布仏の長女を休ませましょう」

 

「いや、虚を休ませれば刀奈様も休みたがる。一夏君の指示で、護衛は美紀一人にしたんだ」

 

「分かりました。一夏さんのご指示でしたら仕方ありませんね」

 

「我らのご当主様だからな」

 

 

 尊の冗談めいた表情を見て、部下も笑みを浮かべた。あえて尊を当主として会話していたのだが、更識の人間は本当の当主が一夏である事を知っているので、あまり意味は無かったのだ。

 

「では私はこれで」

 

「ご苦労だった」

 

 

 部下を労い、尊は一夏から送られてきたメールにもう一度目を通したのだった。

 

「実の娘にこの仕打ち……デュノア社長には相応の罰を与えるべきだな」

 

 

 親バカと揶揄される一面を持つ尊は、同じ娘を持つ一人の父親としてデュノア社長に憤慨したのだった。




ラウラもトラウマ持ちで……

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